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その学校は近隣でも有名な大きな図書室を有していた。一階フロアの半分と少しをぶち抜いて、そこに単純なストーリーの絵本から誰が読むのかすらわからない研究所まで、溢れんばかりの本が歴代図書委員の趣味と独断で詰め込まれていた。
 にもかかわらず、今現在図書委員は十名しかいない。それに狂的に本を愛する司書が一人。図書委員ができたはじめの頃は各クラスに一〜二名は居たはずだのに、やる気のない者は必要無い、仕事をしないやつはクビにしろの実力主義で、いつの間にか希望有志のみの少数精鋭部隊となっている。それでも毎年五人以下をマークしたことがないのだから、やはりこの学校を図書室目当てで受験する生徒も少なからず居るのだろう。
 さておき、そのその精鋭部隊は、毎回の活動を迷路のように張り巡らされた本棚の隙間でひどく窮屈そうにこなしている。
 それがいつから始まったのかもう誰も知らないけれど、この学校には本来図書委員が活動すべき“準備室”が存在しないからだ。



06/07/13 15:38
To:プー/えん/さや
/チハヤ/レンリ/む
っくん/のぞ/きょん
From:委員長
Sub:業務連絡
────────-
双子が移動しました

移転先は特別教室棟
4F突き当りの使用中
止になっていた第2
音楽室です。
戻ってきた本の棚戻
しをするので放課後
図書室集合。
遅刻・サボリは委員
長が責任を持ってリ
ンチします。



「まァた特別棟かよー」

 休み時間、いきなり届いたメールに、千早透は包み隠さずいやな顔をしてみせた。同じメールを見ていた吉田廉理は苦笑まじりに彼をなだめる。

「まあまあ、特別棟の方が空き教室多いんだし仕方ないって。な?」
「遠いんだよ! こっから! あいつらこっちの苦労も考えろっての!」

 千早は大げさな動きで憤る。吉田が小さく溜息をついた。

「チハヤ、それ本人たちに言ったら?」
「レンリのばか───────」
「やつあたりだなあ」

 呟いて、吉田は千早の頭を教科書の角で殴った。

    ***

 ぱくんと閉じた携帯をポケットにしまって、祥野睦(しょうのむつ)と田多響子(ただきょうこ)の一年生コンビは同時に溜息をついた。あーあ、とぼやきながら田多が校内見取り図を取り出し、祥野がもう一人の一年生、屋中望(やなかのぞむ)に改めて取り出した携帯で電話をかけ始める。

「…あ、のぞ? うん、おれ。メール見た? そうそう────あい?」

 本題に入る前に電話越しの会話は脇道へと逸れていく。いつもの事だからとそれをほったらかしにして、田多はひどく見にくい見取り図から「第2音楽準備室」を探していた。

「───へえ、そうなん? うそ、おれまだそれ買ってない。今度貸してよ。えっ? ん、あー、昨日あれの新刊買ったよ。そうそれ。…わかった、明日持ってくる。そっちも忘れんなよ」

 ようやく見つけだした「第2音楽準備室」に赤マルをつけて、田多は祥野の肩を叩いた。

「むっくん。本題本題」
「ぅおっとお! そうだったそうだった。あのな、のぞ。おれらこれからちょっと双子に用があるから“準備室”に行こうと思うんだけど、のぞ一緒に行かね? ……あ、ほんと? わかった、じゃあ待ってる」

 じゃあねー、と気の抜けた挨拶で電話を切り、携帯を閉じた祥野に田多が無言で問いかける視線を送る。それを受けて祥野は笑う。

「のぞ、今からこっち来るって。きょんは平気?」
「連れてく気満々で何を言うかね、このヒトは。平気よ、別に」

 ふっ、と短く息を吐いて田多が眼鏡についていた汚れを拭く。そこへ重たそうな鞄を抱えて走り寄る人影が一つ。

「あ、のぞ来たネ」

    ***

「で、今度はどこだって?」
「えんちゃんさあ、一括送信なんだからメールくらい見ようよ」

 横柄に問いかける岸円に呆れ顔で塩田沙耶が嘆息する。岸はいっこうに気にする様子もなく鼻で笑ってみせた。

「近くに見たやつがいるんだから聞いた方が早い」
「あ、さいですか」
「でェ? さや。どこ?」

 第2音楽準備室、と単語だけ答えて、塩田は将棋盤の向こうで黄色い熊のぬいぐるみを大事そうに抱えた市川尚に向き直る。

「どっちからだっけ」
「さっきお前打ったろ?」
「あ、じゃあプーたんからか」

 どこかの推理小説で名前だけ出た「升目四倍将棋」展開中。


    ***


 その“準備室”は存在していないわけではない。
 動いて、いるのだ。




 冴草(さえぐさ)凛(リン)・冴草(さえぐさ)真(シン)という双子がいる。二卵生でほとんど似ていない男女の双子だ。凛が女、真が男。
 「存在しない」とうたわれる“準備室”を管理・統治し、移動させている生徒はこの双子でもう六代目になる。代替わりの期間はその時によってバラバラなので、双子もこの“準備室”がいつから動き始めたのかを知らない。

「リン、今回の選抜基準は?」
「んー、最近面白い事ないから、ものっすごいくらぁーい本」

 鬱々とした口調でいって、凛は猫っ毛をふわふわと揺らして笑った。怒りのようなものが敷き詰められているつり目が楽しげに歪んだ。
 ボストンバッグを開いてその言葉を確認した真は少しだけ笑って新しい“準備室”のセッティングを始める。ハードカバーにソフトカバー、変型本に文庫本。暗色系の色をまとった表紙が続々と顔をだし、それを一つずつ流し見ながら真が適当な場所に置いていく。ちなみにセッティング係は毎回ジャンケンで決定される。
 細々と辺りを片付けていた真は、ふと片割れの手元に目を止めた。
 少女趣味の母親が作ったぞっとするくらいファンシーはブックカバーの隙間から、おどろおどろしい黒ずんだ赤が覘いていた。エログロホラーが大好物である凛が、珍しく活き活きと活字に没頭している。

「……リン、何読んでんの」
「本」

 そうだった、リンはこういうやつだったという真は自分も同じ様な性格であることを綺麗さっぱり棚に上げた。普段からこの双子は味も素っ気もない淡々とした会話を繰り返し、会話が成立しなかった場合の過失は全て発言を間違えた方に回ってくるのが常だった。

「…あー、なんて本読んでんの?」
「“不思議の国のアリス姫”」
「どんなん?」
「ハートの女王の一の姫アリスが母親の拷問に耐えられなくなって国から逃げ出そうとする話」
「今どこ読んでんの」
「アリスがチェシャ猫カッコ擬人化に犯されてるところ」
「うっわァ………」

 引きつった笑いを返せば、凛がばたっと乱暴に本を閉じてこちらに向き直った。びらびらとうざったいレースが揺れる。

「シン、読む? なら貸すけど」
「いや、いい…何、リンの私物? 図書室から持って来た本かと思った」
「こんなの、いくら高校っていってもあるわけないっしょ」

 それもそうか、と鞄から取り出したペットボトルに口をつける。炭酸のはずだったそれは、すっかり気が抜けてしまっていた。多少の憤りと共に一気に飲み干そうとした瞬間、なあお、と絶妙なタイミングで声がした。
 噴き出しそうになったジュースでむせながら声の方向を見れば、窓枠に引っ掛かるようにして灰茶の小さな猫が鳴いていた。
作品名: 作家名:ひわだ