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ピコの涙は砂の奥

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 硝煙の匂いがかすかにする。あたり一面焼け野原。人の肉が焼ける匂いはいつだって最悪だ。脂肪分のせいかしらん、ビュオは思う。しかしまあ、焼き尽くされたお陰で視界良好だ。これでは狙撃手の仕事はもうないだろう。狙撃手をまとめて東部戦線に移動させる算段を立てながら、ビュオはあてもなく歩いた。いや、正確には状況確認という立派な任務がある。だがこの焼け野原で、一体何を確認するというのか。皮肉のひとつでも云いたくなってきた。
かろうじて道だったことが分かる場所を歩いていると、向うに着飾ったこどもが見えた。ビュオは一目見て、眉をひそめた。特別任官、軍で唯一共有された感情をはらむ言葉を思い出す。
「少佐!」
軽く手を上げ、声を掛ける。
忘れるものか。声で人を殺すラヴィエンヌ少佐。
ピコは顔を上げると、じっとビュオを見た。
「ご無沙汰しております、少佐。以前あなたの小隊にいた、ビュオ・ポナ・ヴィガスです」
軽く敬礼しながら笑顔で告げた。このこどもは、軍の形式を嫌がる。最敬礼などもってのほかだ。
「…お久しぶりです、今は少尉に昇進されたと」
なんと、軍の動向に幾許か興味がおありとは。心の中で皮肉り、而して笑顔で答える。
「はい、おかげさまで。先のナヴェツ港での戦いでの功績が認められ。少佐のお陰です」
これは紛れもない事実であった。特別任官の、一人で戦う上司を持ったお陰で、ビュオは楽々と出世できた。軍服を汚すことなく。
「少佐はいま、大隊をお持ちだとか」
どちらからともなく歩みを進める。
ピコはひとつ頷いて、ケープに隠れた手を持ち上げビュオに差し出す。
「あげる。さっきもらった」
ぽとんとビュオのてのひらにおとされたのは、小さなキャンディだった。
「あ、ありがとうございます。でも一体誰に?」
こんなもの持ち歩いている軍人がいるだろうか、ビュオは思った。軍支給の非常時の栄養補給用の飴は、恐ろしく質素な包み紙に包まれている。少なくともビュオは、こんなカラフルな、まさしくキャンディという名が相応しい代物を軍から支給されたことはない。
「さっき、こどもに」
「こどもが?」
なんということだ、ビュオは思った。殲滅作戦だ。しかも中将にはもう殲滅完了と報告を済ましてしまっている。
「大丈夫。もういない」
その言葉が意味するところは、つまり。
「少佐が?」
「うん。そっと、ささやいたからきっと痛くなかったはず」
背筋を、ぞわっと何かが駆け上がるのを感じた。
こどもが、こどもを殺した。きっとこのこどもは、そのかわいらしいケープの裾から手を両手をだすことすらなかっただろう。ひ弱な足は走ったことすらなさそうだ。
ビュオは、知らず畏怖すべき狼を見る視線を彼女に向けた。
ピコはその視線の意味を正しく理解したらしく、かすかに笑った。
「ヴィガス少尉。私は軍人です。特別任官といえ、民間登用ではない。いわば人殺しのプロです。それに、あなたは正しく理解するべきです。この戦争の意義を。世界人口がどれほどまでに膨れ上がっているかご存知ですか?この蒼い方舟は、その全てを乗せられるほど立派なものではありません。我々は選ばなければならない。ノアがつがいの動物を、正しくひとつひとつ選んだように。その散漫な必要悪に染まれないのなら、あなたは実家に帰って善良な農夫になりなさい」
今までほとんど口を開くことのなかったこどもが、すらすらと、しかも大人の言葉を話すことにビュオは衝撃を受けた。
「…申し訳ありませんでした」
彼の返せる精一杯の言葉は、それだけだった。
「いいえ、あなたが良い軍人であることを、以前の上官として望みます」
それだけ云ってピコはその場を去った。
ビュオはそのアンティーク・ドールのようなヘッドドレスを目で追うことしかできなかった。





作品名:ピコの涙は砂の奥 作家名:おねずみ