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いたみも知らずに

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悲しいと思う。寂しいと思う。そういう感情を抱くのは、親に捨てられた子供が多く、だいたいの場合、そのように親の愛情を受けないで育った人間はどこか欠陥を抱えているのだと、ブラウン菅の向こう側で、児童心理に詳しいという専門家が話している。
 
 ならおれは欠陥人間だな、と三谷は思う。

三谷にはいつも、なにかが足りていなかった。胸の中にぽっかりと空いた穴はどうしたってふさがらず、水を注がれるたびに零れおちるそれを、掬いあげるすべを知らずにいた。

 母親に捨てられてすぐに、足りていなかったのは愛情だったのだと理解して、三谷はすこしだけ、衝撃を受けた。おれは愛されたかったのか。母親なんていないみたいな生活を、過去も現在も続けていたのに、「愛」がなかっただけで、欠陥が生まれてしまうなんて。

(本当に弱いなあ。)

テレビを消して、学校に行く支度をした。ほとんどの教科書を三谷は持ち歩いている。学校に起き勉なんてしようものなら、三谷の教科書は次の日プールの中に浮かんでいる。良くて教科書の文面が見えないほどに黒いマジックで言葉を書きこまれている。
それが三谷が学校で手渡された立ち位置のようなものだった。
 三谷は逡巡して、重たい鞄の中から数学と物理の教科書以外を置いていくことにした。英語も、現代文も、古典も、三谷にはあまり必要のないものだった。三谷は言葉が嫌いだった。誰かに伝えるために形にすることも、言葉の奥ゆかしさを知ることも、伝達手段として上達しそうにない他国の言葉を知識とすることも、三谷は好まなかった。

学校の教員のほとんどは、三谷が「欠陥人間」だと知っている。
だから、三谷がテストでそれなりの結果を出し、それなりに出席さえしていれば、授業に教科書を持ってこなかろうが、他の生徒とコミュニケーションが取れなかろうが、一切口を利かなろうが、三谷がなにかを言われるということはなかった。

三谷はそれを好都合だと思うし、有難いとは思わないけれど、三谷に関心が向かないという点では教師を多大に評価していた。押し付けられることは、いつも苦手だ。他人の感情を押し付けて、その通りの答えを期待するような問答を続けることはひどく息苦しく、三谷はさいごには、口を閉ざしてしまった。伝えなければいいと思った。そこからなにかが始まることがないからだ。



三谷は外に出た。早朝はまだ肌寒く、長袖のカッターを着ていても肌が粟立つのを感じる。暫く歩いて、いつもの場所に、いつものように幼馴染の矢野が立っているのを見つけた。
 幼少から一緒に居たくせに、あまり仲がいいわけではなかった。彼と三谷は正反対の性格をしていて、彼は多くの人に囲まれ、三谷はいつもひとりでいた。中学の頃も口を交わした覚えがない。
 高校が一緒になって、暫くしてから、矢野は三谷と一緒に登校するようになった。頼んでいるわけでもないのに、矢野はたまに三谷の弁当をつくって渡した。

「おはよう、矢野」

三谷が言うと、矢野は世界が滅びる前の、最後の最後で浮かべた笑み、みたいな、つまるところ、死ぬほど泣きそうな顔をして、笑うのだ。消えて行きそうなおはようを、三谷は聞かないふりをして歩き出す。会話はなにも無かった。二人は一緒に歩くだけだった。互いが互いを認識していなかったら、「一緒」という言葉も使えそうにないくらい、ふたりはただの他人を振舞いたがる。学校では一切、赤の他人として過ごしていた。
それに負い目を感じるほど優しい矢野を、三谷は己の音のないことばで殺し続けているのだと知っていた。

 だのに、どうしようともしないのは、三谷が、結局、「欠陥人間」だからだった。


 二人の足音だけが、静寂を貫く住宅街に響く。三谷はどこかでキンモクセイの花が咲いている、やさしい匂いを感じた。胸が締め付けられるような気がして空を見る。うろこ雲がかすかに広がっていて、そうだ、秋だったのだ、と思った。

紅葉狩りに行きたいな。
三谷は思う。
秋のさみしくも澄んだ空気を胸一杯に吸い込む。
矢野を誘っていこうか。
そうしたら今度こそ、矢野の悲痛を浮かべる顔のせいで、世界が死んでいきそうだ。


作品名:いたみも知らずに 作家名:サトー