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いちごのショートケーキ 2

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夕食には愁兄が作ったカレーライスと、いつの間にか千春さんが作った付け合わせのサラダがテーブルに並べられた。カレーはおいしかったけど、千春さんの温野菜は不思議な食感がした。チャレンジャーの夏樹がそれを尋ねると「実は煮込んでスープにするつもりだった」と言われたが「それならいっそスープにしてくれ」なんて強者な発言は誰も出来なかった。それが出来るのは四兄弟の母杏子さんくらいだ。もっとも彼女は今仕事で高速を横断中だが。

 「部活どう?」
 「まぁまぁ楽しいよ」


 そうして今、家の兄作のケーキがテーブルに並ぶまでの間少しでも後片付けを進ませようと私達中学生トリオは台所に立った。夏樹が食器を軽く洗い流し、それを冬路が食器洗い機に並べる。一卵性の双子なので、知らない人から見たらまるで分身の術のようだ。私はそこには入らない物を洗った。カレーに使った鍋は汚れがなかなか取れないのでしばらく漬けておくことにした。


 「最近真面目だしね」
 「そう?」

 話題は三男冬路(トウジ)の所属する吹奏楽部について。「フルートが吹いてみたいから」という妙な理由で入部届けを提出してからもうすぐ二年が経ち、ウワサではクラリネットを顧問に薦められているとも聞くが冬路は未だにフルートにお熱らしい。

 「案外さ、部活に好きな奴がいたりして」

 夏樹のからかう口調に冬路は何も言わずに小さく笑った。それだけのしぐさに私は何故か、内心心穏やかではいられなかった。    



「乗せてやる!」


 朝、扉を開けて外に出ると門の前で夏樹が自転車にまたがっていた。中学までの距離を夏樹は自転車で爽快に飛ばして行くのが日課だ。

 「珍しいな。何たくらんでるの?」
 「ちよっとね」


 一応、仮にも後ろに女の子が乗っているというのに夏樹の自転車はスピードを緩めることなく全速力で飛ばして行く。強い風によってセットした髪が乱れることを知らないらしい。自分がショートカットであることを今ほどよかったと思ったことはない。今更兄弟同然のこいつに女の子扱いなど求めていないけれど。そっと溜息をついて後ろにまたがった。

 「最近さ、変じゃね?」
 「えぇ?頭がおかしいって?いつもだろ」
 「ちっがうって!冬路だよ冬路!なんつーか、昨日もだけど」
 「部活のこと?」

 豪快に飛ばす自転車とは裏腹に夏樹の背中は少し強張っていた。背中を合わせた感触でそれが分かる。いつもに増して、叫ぶように話し出す夏樹につられて大声を出すがこのスピードではそうでもしないとなかなか相手の声が聞き取れない。昨日、私が感じた妙な心のざわつきを夏樹も感じ取ったのだとそっと胸を撫で下ろした。


 「昨日からとかじゃなく、もっと前からだけど、とにかく変なんだよ。そのー“兄貴としては”気になるっつーか」
 「一緒に生まれといて兄貴かよ!なんでもないと思うけど。部活、楽しいんじゃない?私も何か部活動しようかな?」
 「おぉ!それ良いと思うぞ?明日香はやっぱ運動部だろ?どうしてもって言うなら水泳で勝負してやっても良いぜ?」
 「バーカッ!私は女だ!競えるわけないだろう」


 「そ~いえばそうだった」とおどけてみせる夏樹と笑うと心がスカッとした。


 自転車のおかげでだいぶ余裕を持って学校に着いた。大声で騒いだせいでノドが乾いたので購買部のある下に下り、紙パックのお茶をストローも付けずにいっきに飲み干した。
 

 まだ静かな学校で、ふと耳を澄ますとどこからかフルートの音が聞こえる。誰かが練習で吹いているんだろうそのフルートはどういう訳かひどく切なくて、心を奮わせられた。軽快なメロディーであるのにも関わらず、何故か心が締め付けられた。浮いたり沈んだり、常に不安定で危なっかしい。それでも止められなくて、止まらない。どんどんどんどん加速していく。自分の意思とは裏腹に。


 どうしても、そのフルートが気になって誘われるように無我夢中で音を追っていた。いつの間にか音が止むと、私は演奏者のため息が聞こえるくらい近くに来ていた。夢中で走ったせいで、心臓が飛び出そうになって慌てた。その声に聞き覚えがあって演奏者に気付かれぬように階段の厚い壁からそろりと顔を出して確認する。本当はそんな必要は無かった。壁一枚挟んだすぐそこに、開け放たれた窓の外を見つめた冬路が居る。外から吹く朝の冷たい風も、段々と聞こえてくる生徒達の楽しそうな声も、この衝動を誤魔化すことは出来ない。


 いつものように出て行って、拍手をすれば良かった。「何の曲か」と訪ねられた。いつもの私なら、その演奏を問うことはいくらでも出来たのに、私の足は動かなかった。動けなかった。あのフルートの演奏者は、冬路だった。


 衝動を抱えた体は熱くて、冷たい壁に預けた背中だけが妙に心地良かった。





 苺の季節は冬らしい。コンビにやスーパーの菓子コーナーでは「苺フェアー」と季節限定やら新商品の苺味の菓子が並び、ピンク色にディスプレイされた棚が目立っていた。大抵のものはただピンク色で妙な甘ったるさが口の中に広がるだけのもので、それをわざわざ元々あるチョコレートだのバニラだのと甘いものとかけるものだから、甘ったるいことこの上ない。それはビニールハウスによって時を狂わされ、品種改良などによってただただ甘く作り変えられた苺の無言の訴えのような気がして、胸が痛い。


 きっと彼は違う。誰かのためにビニールハウスになんか入らない。
     


 席を立って廊下に出ると楽しそうに笑いあう集団の中に高村君の姿を見つけた。しかし目が合っても彼は一瞬不思議そうな顔をしただけで何事も無かったように彼等との会話を続行し通り過ぎてしまった。すれ違い際、彼はぞっとするほど冷めた目で私を見た。しばらくその場に立ち尽くしてしまってから、そういえば彼には一卵性の双子がいたことを思い出した。



 「森下さん、音楽室行くんじゃないの?」



 声をかけら我に返るといつもの高村君が荷物片手に楽しそうに笑っていて、ぼうっとする私の腕を引き半端強引に音楽室に連れていかれてしまった。今日の部活はパート練習で、私達は次の定期演奏会の準備に入っていた。数ヶ所あるソロパートの中で、今回は高村君が初めてその中の一つを任された。



 「すごい!おめでとう高村君♪」



 発表を聴いて思わず声をあげると隣に座った彼は驚いた顔をしたが、うっすらと頬を染めて嬉しそうに笑った。今日は風も無く暖かいので狭いベランダに出てフルートを吹いた。今日の冬路君のフルートはとても軽快で弾んでいた。