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狂宴の先

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 だが、そんなことはスウェラにはどうでもいい。再び注射器を手に取り、その針を男の首元に無造作に突き付ける。今度は焦らすこともためらうこともせずに、一気に液体を注ぎこんだ。
 液体が男の体に入りこむ。男の眼が見開かれる。いやむしろその眼球そのものが膨張していた。首の静脈から注ぎこまれた液体は一気に全身をめぐり男の体を侵食していき、血管と言う血管を浮き立たせ膨張させ、その色を青緑に変えて行く。目は破裂寸前にまで膨らみ口からは泡がとめどなくあふれ、手足も最初の倍はあろうかと思えるほどに腫れあがる。
 人のものとも思えない悲鳴。いや咆哮とすら言えるうめき声。周囲の実験動物たちがそれに影響されるかのように騒々しい奇声を上げ騒ぎだし、研究室の中はその騒音によって埋め尽くされる。
「ああ、いいですわ……!」
 胸が躍る。獣たちの喧騒が余計にスウェラの心を沸き立たせる。
 薬によって支配され、変異していく男の体。それが自然のものではなく自分自身が作りあげているのだと言う興奮。今度こそその変化が成功になるのではないかという期待。
 そう、この男が成功するのならこれがスウェラの未来を作り上げるのだ。ガルグの長に認められ、他の者たちよりも抜きん出た存在となり同族たちをも支配する。そしてゆくゆくは自身が破壊者アルスさえ支配する。そんなことすらもしかするなら叶うかもしれない。なんという興奮。なんという無限。
 そしてその期待を実現するかのように男の体が、今まで達したことのない状態にまで変異した。
「ああ、なんてこと……! 素敵ですわ! ここまで変異する結果を見ることができるなんて! そう、もっと……! もっと美しくおなりなさい!」
 びくびくと痙攣し跳ねまわるかつては男であったもの。その姿に我慢できず、スウェラはそこにあるレバーを引いた。
 直後、男の体に膨大なエネルギーが突き抜けた。絶叫が部屋のすべての物を破壊するかのように揺さぶり、反響する。無限とも言える魔力。変異の最後の仕上げとなるための力。
 もはや男は蛍光緑の肉の塊となりはてた。そして唯一、かつてそれが男だったとわかる証のようなその目が、ぐるりとその時裏返った。
 エネルギーは轟音を伴って爆発した。視界のすべてが一瞬蛍光色に覆い尽くされる。その後に訪れたのは、静寂。喚き散らしていた獣たちですら静まりかえる。だがそれも一瞬のことで、それらは再び、しかし別の意味での叫び声を上げ始めた。
 部屋の中には、べとべととした薄緑色の大小様々の断片が、異臭を放ちながら細切れになって散乱していた。実験動物たちはそれをこぞって奪い合い、喚きだす。彼らにとってそれは、檻の中にまで飛び込んできた思いがけないご褒美だった。檻にまで飛んだものがすべて平らげられると、奪い合いに負けた方は今度は実験台の上に放置された『残り』を要求するように、さらに大きな奇声を上げ始める。
 それらが求めるものは一体何であるのか。スウェラは理解すると同時に落胆した。実験台の上には、破裂して元はいったいなんであったのかもわからない緑色の男の残骸、いや、肉の塊が、鎮座していた。

作品名:狂宴の先 作家名:日々夜