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シテン

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「相沢が一目ぼれか。……へぇ、どんな奴だ?」
「森下。私の話を聞いてた? なにトチ狂ってんの? 私が一目ぼれをしたんじゃなくて、したことあるかって訊いてんの、あんたに」
 漫画でいけば、私のおでこに怒りのマークが二つは描かれそうな場面だ。
「圭子ちゃん、落ち着いて」笑いながら肩に手を置いた未来は、「忍くんもビックリしたんだよ」とそれが正しい反応のように私に言った。
 戦利品の総菜パンを袋から出しながら、森下は席についた。どうやら今日はここで昼を食べるらしい。中学の時は給食があったから、昼ご飯は自分のクラスの自分の席で、というのが必然な流れだった。だから、体育祭なんかでお弁当を持ってきた時でも、なぜか大半のクラスメイトは教室で食べていた。慣れって恐ろしい。高校に来て、毎日がお弁当になった。私としては、給食の有難さをかみしめている今日この頃……。でも、牛乳だけはいらないな。
「だって、相沢が‘一目ぼれ’なんて言うと思わなかったしな」
「私って、何なの? 何に見えてるの? 未来も、似たようなこと言ってたけど」
 二人の顔を交互に見た。

「圭子ちゃんは圭子ちゃんだよ。別に何かが変わってるとか、おかしいとかじゃなくてね」
「相沢は、十五歳のキャピキャピ女子高生って感じじゃないんだよ。もっと冷めてるっていうか、ポーカーフェイスが得意なのか――――感情が読みにくい」
「冷めてるっていうのとは、ちょっと違う気がするなぁ」ご飯を口に運びながら、未来は続けた。「人間界にようやく降りてきた、人間……みたいな? こっちで産まれたんだけど、今までは違う世界にいてね。ちょっとこっちの世界の事にうとくなってる感じ? あーわかった! 人間界適応のためのリハビリ中の人間だよ」
「井上、それの方が分かりにくくないか?」
「あら? そう? 圭子ちゃんって、私にはそんな風に映るんだけど」
 ようやく人間界に降りてきた人間? 人間界適応のためのリハビリ患者……私? 未来の発想は、かなり理解するのが難しい。高校に入学して日も浅い。一番の仲良しと言ってもいい未来は、私の事をそう思っているってことだ。で、私は何なのだろう? 難題が山積みになっている予感がある。

「私は、どっちの圭子ちゃんも好きだよ。今の方が、地上で同じ空気を吸ってるっていう実感があるけどね。たまに私と違うもの見てるっぽい時の顔も、想像力を掻きたてられる」
「今のはなんとなく分かった。人間臭みが増したんだよ、相沢。一目ぼれして、感情の変化についていってないんじゃないの? 人間は、そんなことでグチグチ悩む生き物なんです」
 説教のように最後を結んだ森下は、嫌な笑いを顔全体に湛えていた。
「人の話を訊いてた? 一目ぼれをしたんじゃなくて、さ・れ・た! のよ」
 強調しながら訂正してみるが、そこが問題ではないというように、森下は嫌な笑い顔を変えなかった。私の話なのに、私だけ会話に付いていってない気がして、苛立たしい。
「ちなみに俺は、一目ぼれの経験はない。可愛いなとかは第一印象で思うけど、好きなるかは別問題じゃないか? ちょっと話してみて好きになるとか、一緒にいるうちに好きになってくるとか……。でも、見た目から入って相手の事を知りたくなるって事はあるな。それが一目ぼれか? よく分からんな。だったら、アイドルでも女優でもいいんだよな、見た目だけで好きになるなら」
「それは確かにそうだけど――」未来は、早々と食べ終わった弁当箱を片付け始めていた。「夢と現実には線引きできる人の方が多いんじゃない? 時々、いっちゃってる人もいるけどね」
「先輩は、この学校の人だし。私はそんな手の届かないテレビの中の人じゃないから、先輩がいっちゃってるとは思わないんだけど」
 二人の顔がニヤついた。

「圭子ちゃんに告白したのは、先輩かぁ。二年生? 三年生?」
 誘導尋問に引っ掛かった感じだ。時すでに遅し。隠し通せるとは思っていなかったけど、予想より早くボロが出てしまった。
「付き合ってみたらいいんだよ。生理的に受け入れられないとかだと無理だろうけど。相手だって振られることも想定して告白してきたはずだし。じゃなかったら、単なるナルシストだ。真剣じゃなかったら相手に悪いかも、なんて考えてたらいつまでたっても地上に降りられない人間のまま、腐って灰になって散ってくぞ」
 芝居がかった口調で、それでも笑い声を必死に押さえている森下は、腹が立つけど正論を吐いた。私の事をからかって遊んでいるようにも見えるが、恋愛ってそんなものかもしれない、とちょっとは肩の力を抜いて考えられるかもしれない。何せ免疫がないのだから。

作品名:シテン 作家名:珈琲喫茶