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確率二十パーセントのモノクローム

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 立て続けに嫌なことばかりが起きて、もう何もかもが嫌になった。自分のもつ技術すべてを注いだ絵が入選を逃し、親友と思っていた友人が俺を馬鹿にする姿を影から見つけ、コンクールの結果を聞いた教師が俺に早期のドロップアウトを勧めてきた。これだけでももう十分お腹いっぱいだというのに、あろうことか俺の両親までが俺にマイナスを加えてきた。親父は、コンクールの結果を告げた瞬間、爆笑した。だから夢なんか見るなって言っただろ、と笑いながら言う親父は、凹む息子を慰める気などまるでないようだった。お袋もお袋で、残念だったわねと言いながらその顔は明らかに俺を馬鹿にしていた。入選なんかするわけないじゃない始めから分かってたわ、とでも言いたげな表情。両親からのダブルパンチに、俺は耐え切れなくなって家を飛び出した。せめてもう少しだけでもまっとうに慰めてくれる誰かに会いたくて、俺は歩きながら彼女に電話をかけた。しかし彼女は、慰めてくれるどころか「私もちょうど電話しようと思ってたの。別れよう。もう嫌。連絡してこないで」と、それだけを淡白に言い放ち、俺が言葉を発する前に電話を切った。そこで放心せずに折り返し電話をかけられた自分を我ながらすごいと思うが、その時には既に俺の電話番号は彼女にとって着信拒否対象になっていた。つまり、連絡してこないでという彼女の言葉を遵守せざるを得なくなった。あまりにも散々なその仕打ちに、俺は悲しむことも忘れ、そういえば彼女に教科書貸したままだよ……と的外れなことを思い出した。そして、とぼとぼと家に向かって足を進めている最中に、ポケットに入れたはずの携帯電話がないことに気付いたのだ。その瞬間、俺は自分の人生に全力で見切りをつけた。一日のうちにこんなにも世間から拒絶されるのはいったいどういうわけなんだ、と。
 気付いた時、俺はすでにビルの屋上にいた。関係者以外立ち入り禁止、とドアに注意書きがされていたが、別に屋上に悪戯をするわけじゃないので見逃してください、と心の中で言い訳をしながらドアを開いた。五月半ばの空気はふわりとあたたかく、ようやく少しだけ慰められた気になったが、俺は自然物からしか慰められないような存在なのかと思った瞬間、俺の足は屋上の淵へと歩み始めていた。
 ひゅう、という風が空気を切る音と、ビルの屋上から見下ろした景色。地面の上を様々な色の点が動いている様子は、それが人なのだと分かっていても、なんだか不思議な気分だった。そこに立つと、先ほどまでの絶望が少なからず緩和されるような気がした。
 ――記憶は、ここで途切れていた。不鮮明な映像を映していた映写機がその動きを止め、脳内のスクリーンが黒い幕へと変化する。念のためもう一度ぐるりと記憶を漁ってみたが、やはりそれ以降の映像は見当たらない。
 どうやら俺は、死のうと思ってふらりと立ち寄ったビルの屋上の淵に足をかけた瞬間、誰かに後ろから殴られたらしかった。
「……クソ、どうなってんだよ」
 静寂が取り仕切る空間に、自分の混乱を肥大化させないよう、小さく声をこぼした。情けない掠れた声色ではあったが、無音よりはずっと良い。静寂は人間の心理を大いに負の方向へと傾け、無意識のうちにひそむ不安を増徴させてしまう。何か物音でもあれば良いのだろうが、あいにくこの部屋にはそれに都合のいいものが何もなかった。
 それにしても、何処の誰かは知らないが、いったい俺を誘拐して何をしようというのだろう。俺の家はごくごく普通の一般家庭で、金銭的に特別余裕があるということもない。俺自身に何か利用できるような価値があるとは思えないし、唯一の特技である絵も、まさに今日その才能を根本から否定されたところだ。自分で考えて悲しくなるが、俺ごときを誘拐したところで、なんのメリットも得られないだろう。
 だとすれば、出来れば当たって欲しくない想像だが、犯人が快楽殺人者で、誰でもいいから誘拐して猟奇的な方法で人を殺したいと思っている、という可能性もある。金銭を要求されるよりも遥かにご免被りたい可能性だが、自分自身が持つ価値のことを考えると、それを否定することは出来なかった。
 考えれば考えるほど、思考はマイナス方向へ傾いていく。不安ばかりが募る状況に放り込まれれば、普段ネガティブな考えを持っていなくとも、自然と悪いことばかり考えてしまうものだ。しかし、今この状況で思考がマイナスばかりに偏ることは、混乱をこえて発狂へと至る可能性を示唆している。精神に対してどの程度の自制が効くのか、試みがないため全く分からないが、とにかく俺は出来る限り混乱を落ち着けるようつとめた。
 ふと、静寂の中に音が落ちてきた。がちゃり、という金属の触れ合いによって起こされたその音は、ちょうど俺のすぐ後ろから聞こえてきた。
「なんだ、起きてたのかい」
 振り向くと同時、音の正体は開錠の音であると結論付けたその瞬間。俺の視界には、先ほどまで重苦しく閉じられていたはずの鉄の扉が開き、見知らぬ男が部屋に入ってくる光景があった。
「なかなか起きないから、そんなに強く殴ったかと思って心配してたんだよぉ。あぁ、起きてくれてよかった、よかった」
 貼り付けたような笑みを浮かべるその男は、当然だが、俺の記憶の中に一度として登場したことのない男だった。歳は四十過ぎだろうか、皺は少ないが、顔に滲む疲労と白髪が年齢を多く見せている。衣服はくたくたによれ、白いシャツは下から数えて二番目のボタンが取れてしまっていた。お世辞にも清潔とはいえない身だしなみだった。
 視界に入れるだけで不快な気持ちになるその男は、俺を見ながらにたにたと笑っていた。先ほど男は、俺が問いただすまでもなく「自分が殴った」と言った。どんな理由があるのかは全く分からないが、とにかくこの状況を作り出した張本人であることに違いはないのだろう。俺は、後ろ手にドアを閉めて施錠をする男を睨みつけながら、ゆっくりと壁際に後退した。背中が壁にぶつかり、冷たいコンクリートの温度が俺の身体を冷やした。
「そんなに警戒しなくても、もう何もしねぇよ。ほら、あんたを殴ったようなモンはもう持ってないだろう?」
「……何が目的だ」
 自然と声色のトーンが下がる。尖った針のような俺の言葉に、空気にぴりりとした緊張が走った。しかし男は、そんな張り詰めた空気に一切動揺することなく、相変わらず不快な表情で笑っていた。
「なあに、俺はただアンタとゲームをしたいだけだ。死ぬつもりだったんだろう? それなら、死ぬ前に俺の娯楽に付き合ってくれたって罰があたることもないさ」
 ねっとりとした男の声に、俺は思わず眉根を寄せた。男は、自分が何も持っていないということをアピールするかのように、両手を開いて俺の目の前に差し出している。僅かにのびた爪の間には泥のようなものが詰まっており、掌もところどころ黒ずんでいた。明らかに、何かしらの作業中か、それを終えた後の手だった。
「……ゲーム?」
 繰り返したその言葉に、男の口角がにやりとあがる。その表情もやはりひどく不快で、俺は眉間に寄せた皺を解くことなく男の目を見ていた。
「ああ、ゲームさ。なに、ルールは簡単だよ。いくつかあるが、M大学の学生さんなら理解できないこともないだろう」