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探偵と助手

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Scene-3 探偵が助手(後編)


 電車を乗り継いで、降りた最寄駅から数分も歩けばすぐに、そびえたつ敵の本拠地が見えてきた。
 矢霧製薬本社ビルに入るなり、受付のお姉さんに一言二言何かを伝えた臨也さんは、「重役室のあるフロアまでは行き方がややこしいんだってさ。帝人くん、はぐれないでよ?」と言いながら、すたすたとビルの奥に入っていく。
 ほんとこの人何者なんだろう。外見どおり、優しそうなお兄さん、ではないのは確実だけど――と茫然としていたら、黒い後ろ姿はどんどん遠ざかっていく。僕は慌てて彼を追いかけた。
 ものすごく視線を感じる。そりゃそうだ。フェイクファーのコート姿の臨也さんは大学生か何かみたいだし、僕に至ってはパーカーにジーンズという出で立ちだ。どこからどう見たって、この会社の社員や、ましてや正式に招かれた客人には見えない。
 行き交う社員さんたちの視線を気にしながら、せめてもう少しマトモな格好をしてくれば良かったのかなと思ったけれど、そもそも僕はマトモな服なんて持っていなかった。
 僕の前を歩く臨也さんは、いかにもオフィスビルには場違いな見た目だというのに、まったく臆するそぶりもない。古株の社員もかくやの堂々とした足取りで、不自然に浮いているのは僕だけのような気がしてきた。
 途中で目的のフロアへの直通エレベーターに乗り換え、降りたその階は、活気づいてざわめく他の階とは違ってしんと静まり返っていた。空気の、格が違う。ずんと重い。
 重厚なチョコレート色の扉の前で立ち止まった臨也さんは、こつ、こつ、とノックする。すぐに、「どうぞ。開いてるわ」と返事が返ってきた。
 扉を開くと、ひろびろとした個室に存在感のある仕事用デスク。書類や事務機器なんかはすっきりと片付けられている。なんとなくいい匂いがしたと思ったのは、ここがやっぱり女性の部屋だからだろうか。この部屋の主は、デスクに着いたまま僕たちを待ち受けていた。
 臨也さんは、感じの良さに申し訳なさをひとつまみ足したような笑みで、非礼と時間を取らせる旨を詫びた。
「この度は突然お邪魔して申し訳ないです。お時間、少し頂けますか?」
「社交辞令は結構。私、無駄は嫌いなの。いいからとっとと用件を言ってちょうだい」
 うわ、予想以上にきつい性格の女性らしい。
 にべにもなくぴしゃりと言う矢霧波江は、その美貌に苛立った感情を浮かべた。きっとこれも彼女なりの意思表示なのだろう。早く帰れ、という。
 そんな彼女とアポイントメントを取り付けた、臨也さんていったい何者なんだろう。得体の知れなさを増した彼の横顔に、今更ながら思った。
「これは重ね重ねの失礼を」にこり、臨也さんの微笑みの種類が変わった。
「そう言って頂ければこちらとしてもやりやすい。ではさっそく本題に入りましょうか。と言ってもそれは俺の役目ではないので。帝人くん」
 大人同士の硬質な会話を、どこか他人事のように聞いていた僕に突然鉢を回されて、僕は「はいっ?!」と身体を震わせた。矢霧波江はわずかに眉を寄せる。どうしてこんな子どもがいるのかしら。そう言いたげで、僕も彼女に同感だった。
「矢霧さんの仰る通り、用件だけ伝われば良いそうだから、君は遠慮なく、君の考えた事を披露してみなよ」
「何?自由研究の発表会かしら?」
「え、いやその」
 すたすたと僕の傍に寄って来た臨也さんは、僕の肩を抱いて、矢霧波江の前に押し出した。
「まあ、共同研究の発表と言っても間違いはないかもね」
「ほんとに良いのかなぁ……」
「ここまで来て、俺の労力と矢霧さんの時間を無駄にさせないでよね」
「僕、別に頼んだわけじゃないんですけど」
 仕方ないか。ええい、ままよ。
 影のように音も無く、臨也さんは僕の肩から手をどけて後ろへ退く。目で追うと、彼はリラックスした様子で壁にもたれてこちらに視線を投げていた。前線には、僕ひとり。
 僕はまた前を向く。眼前には矢霧波江、窃盗事件の首謀者。
 今までに得た情報、組み立てた推理を一瞬のうちに確認する。血潮が勢いよく身体を巡り、頭が回転を始めるのが分かる。チャットでみんなの意見を参考に推理を組み立てていた時に感じた、それよりもなお強い高揚感。
 その時の僕はいつもの僕ではなかった。
「私たちは議論を重ねてあなたに辿り着きました。今からお話する推理が正しければ、矢霧波江さん、あなたは素直に罪を認めてもらえますか?」
 推理が淀みなく口から流れ出る。矢霧波江が訝しげに僕の顔を見遣った。

 それから特に僕が語るべき事はない。謎解きをしている間、臨也さんに出番はなかった。僕が特別に役に立ったというわけでもないと思う。僕は紛れもない真実を言葉に乗せて語っただけで、矢霧波江の反論をすべて封じたのも、別に難しかった作業ではない。
 消えた宝石はその後のメディアの報道どおり、無事に矢霧家に返ってきたけれど、結局犯人は明らかになっていない。同時に、この事件の責任を取る形で、矢霧波江は矢霧製薬を去ったという。
 矢霧波江との面会から数日後、僕は臨也さんに、仕事場兼自宅である新宿のマンションに招かれた。メールで連絡をもらって、やってきた僕を出迎えたのがあの波江さんだったものだから、僕は心底驚いた。
「ここここんにちは!」
 波江さんは僕を中に入れ、玄関のオートロックが下りたのを確認すると、僕に温度の無い視線を寄越してよく通る声で言った。
「こんにちは。折原は急遽呼び出されて出ていったわ。あと一時間は戻らないそうよ」
「あ、そ、そうですか」
「あら何よその顔は。折原臨也の所在を訊きたかったんじゃないの?」
「いえ、それはそうなんですが」
 そうじゃなくて。なんで矢霧波江が、ごく自然に、まるで秘書みたいに臨也さんの事務所にいて、彼のスケジュールを知ってるんだ。なんにも聞いてないよ臨也さん!
 それからきっちり1時間後、僕には目もくれず事務仕事をこなす波江さんと、居心地悪くソファに座っていた僕たちがいる事務所に、ようやく臨也さんは帰ってきた。
 僕の顔を見るなりにっこり笑って陽気な声で「彼女には俺の助手を任せる事にしたから!」と臨也さんは言った。その時の波江さんが心底嫌そうな顔をしていたのが記憶に新しい。
 彼女は要するに僕の同僚となるわけだけど、これが気まずいことこの上ない。お茶を淹れ、臨也さんと僕の前に置きながら、波江さんはそっけなく言った。
「あの件に関して別にあなたを恨んだりはしていないから、ひとの顔を見るたびビクビクするのは止めてもらえるかしら」
「す、すみません!」
 怖いに決まってるじゃないか。美人の無表情は、ただでさえ迫力があるってのに。

 美人の気迫といえば、臨也さんだってそうだった。感じのいい青年って雰囲気だった臨也さんは、僕の謎解きの終わり際に本性を現した。穏やかな表情に取って変わったのは、ヒトを取って喰いそうな薄ら笑いだった。
 酸欠気味なのか興奮していたのか、おおむね語り終えてぼんやりとしていた僕をよそに、彼はもたれていた壁からゆっくりと身体を起こし、「ねえ矢霧波江さん」と彼女を呼んだ。
作品名:探偵と助手 作家名:美緒