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探偵と助手

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Scene-1 六十八億分のキス


 彼の名は折原臨也。私立探偵である。

 臨也さんは語る。大仰な身振り手振りを交えて滔々と、事件の真相を語る。犯人の思惑を少しずつ暴き、相手の矜持にひびが入ったところを、言葉のハンマーで容赦なく打ち砕くのだ。そのやり方といったらもう、惚れ惚れするほど鮮やかで、背筋が凍るほどえげつなかった。
 《犯人》を前にして、臨也さんは湿らせるようにぺろりと唇を舐め、微笑む。
「貴方は『物的証拠がない、ただの推論に過ぎない』とおっしゃいましたよね。ええ、その通りです。けど、それが如何ほどのものだというのでしょうねぇ?貴方は卓越した頭脳がご自慢とお見受けしますが、確かめたかったのでしょう?奥様を犠牲にして、ご自分の殺害計画の完璧さを。ですがこうして我々のように、事の真相に気づいてしまった者がいる。貴方の知略もその程度だったという事でしょう。綻びだらけの『完全犯罪』が錦の御旗、逃げおおせたつもりで、貴方はのうのうと生き恥を晒していかれるのですか。ハハハ、これは大した天才殿だ」

 とある有名私立大学教授の自宅で殺人事件が発生した。被害者は教授夫人。現場はどう見ても、邸宅に出入りしていた若いお手伝いの女性の犯行としか考えられない。だが、無実を信じた彼女の身内が、臨也さんのところに依頼を持ち込んだのだ。臨也さんは二つ返事で調査を引き受けた。ひょっとしたら、何か彼女が冤罪であるという確信があったのかもしれない。
 そうして真犯人に辿り着いた僕たちは、再び事件現場に舞い戻り、犯人――教授を問いつめたのだった。
 「僕たち」とは言っても、僕、竜ヶ峰帝人はかたずを飲んで見守っているだけで、この場は謎解きをする臨也さんの独壇場だった。助手で、まだ子どもで、恫喝されただけで逆にビビってしまうような僕には務まらない。
 探偵の謎解きに、犯人はがくりと膝を折った。落ちたね。後は警察に引き渡せば、臨也さんに完膚無きまでに叩き潰された彼は自供を始めることだろう。お手伝いさんの無実が証明されたのは結構な事だが、犯人氏もどうか自殺まではしてくれるな、と願うばかりだ。
「そろそろ呼んでおいた警察が到着する頃だから、後は彼らに任せよう。それじゃあ帰ろうか帝人くん」
「あ、はい」
 到着した赤色灯と入れ違いに邸宅を出て、僕は大きく深呼吸をひとつする。お腹の奥にくすぶった高揚感が、まだ心地よい余韻を滲ませ続けていた。
 手繰り寄せた真相。臨也さんが暴く真実。困ったな、興奮がまだ冷めないや。
 僕たちが関わった事件は、怨恨でも金銭目的でもない、殺したかったから殺したという、調査の結果待っていたのは本当に後味の悪い真相だったというのに。
 後味が悪い、それはつまり、とても臨也さん好みのケースだったという事だ。道理でいつにもましてやる気満々だったはずだ。悪趣味だなんて他人の事は言えない。僕だって助手なんて肩書きをもらって謎解きの現場に居合わせて、真実が明かされる臨場感に興奮しているのだから。不謹慎、なんて言葉が心をチクチク刺す。
「そういえば、そろそろ知り合いの闇医者に頼んでた検察結果が届いてるはずだよ」
「もう一件、解決するかもしれないんですね。忙しいなぁ」
 帰り道、僕は臨也さんの横顔を仰ぎ見る。他愛もないおしゃべりをしているこの口が、怜悧に整ったこの顔が。犯人が臨也さんの弁舌に喰われたその瞬間、彼の顔は陰のある笑みに彩られていた。例えば、好事家が毒々しい色の人食い花を愛でるみたいに。
 この顔が見たいというのも、事件現場に同行している理由の一つだ。
 うそ笑む臨也さんの顔は、とても美しいのだ。

 実際の職業探偵が殺人事件など解決しない事は、今ではよく知られている事実だと思う。普通の探偵の仕事といったら、浮気調査に迷い犬の捜索なんかがベタな線だろうか。そもそも、平和な日本でそうそう、名探偵が活躍できるような人殺しなんて起こりやしない。
 だが臨也さんは普通ではない。彼は探偵として難事件を解決するのである。
 折原臨也の周囲では不可解な事件が発生し、彼は情報を集め推理し、犯人の元に乗り込んで罪を暴くのだ。殺人だけじゃなく、時には銃器の裏取引に関わる事もある。その筋の人が事務所にやってくるのも珍しくはない。――探偵小説かハードボイルド小説、どっちかの路線に統一してほしいよね。
 道中で臨也さんとは別れて、僕はコンビニに立ち寄ってから事務所に戻る。事務所と呼ぶのが憚られる、オートロックの高級マンションの一室に到着すると、内側から波江さんがドアを開けてくれた。
「やっと帰ってきたのね。アレ、なんとかしなさい。鬱陶しいったらないわ」
「アレって……臨也さん、ですか」
「他に誰がいるの」
 僕は助手とは名ばかりで、情報収集の手伝いをしているだけ。電話の応対や書類仕事などは、未成年で就労経験のない僕に代わって、波江さんが一手に引き受けて処理してくれている。
 彼女は美貌にうんざりとした色を浮かべていた。有能な助手の彼女が唯一手を焼いている事、それが雇い主である臨也さんの扱いである。
 仕事場兼自宅に宛てている部屋の仕事ブースへ足を向ける。椅子に座って報告書を読んでいた臨也さんは、――率直に言おう。
 壊れていた。
「これだからこの仕事は止められないんだ!人間ってやつは、たまらないね!」
 仕事の探偵業か、趣味の人間観察、あるいはその両方に関して吉報でもあったのだろう。言動がおかしい。いや、ちゃんと順を追って説明してもらえば口走った内容にも納得が行くのだが、台詞の一部だけを切り取ってしまうと、何がなんだか分からない。「人ラブ!」だなんて言われて思考停止した過去の僕に罪は無い。
 どう声をかけたものかと戸惑っている僕に気づくと「やあおかえり。王手だよ帝人くん、やっぱりこの報告書が決め手になったよ」と臨也さんは機嫌がよさそうに明るい声で言った。
「良かったですね」
 当たり障りのない言葉を返す僕の横で、波江さんは淡々と報告する。
「また何か不備があったら連絡してほしい、代金はいつもの口座によろしく、先方からの言伝は以上よ」
「ありがとう、この内容で特に問題はなさそうだ。というわけで波江、ご苦労様」
「お先に失礼します」
 型通りの挨拶を口にして、波江さんはきびすを返す。
 タイムカードを押して、帰る準備をしている波江さんに「お疲れ様でしたー」と声をかけて、僕たちの立てた仮説通りだったのか一応書類を見せてもらおうと、臨也さんに近づいた途端に、
「帝人くん帝人くん!今日は実に善い日だよ!」
「うわぁっ!ちょっ、いざ、臨也さん!?」
 がばっ、と抱きつかれた。ああああまだ波江さんがまだいるのに!ていうか顔!顔近いからっ!
 慌てて波江さんに目を遣ると、鞄を肩にかけた彼女は、男同士が抱き合っている(正確には違うんだけど!)という光景にも眉ひとつ動かさず、ちらりとこちらに視線を投げた。
「お疲れ様」
 そっけない美声でそれだけ言うと、彼女は仕事場を出ていった。クールビューティーここに極まれり。最愛の弟さん以外の物事は眼中に無い、というのは本当だったみたいだ。
「どっどうしたんですか臨也さん!」
作品名:探偵と助手 作家名:美緒