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逢坂@プロフにお知らせ
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【創作BL】群青の空に駆ける

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 そうなれば用があるのは明白だろう。話したこともろくにない俺に一体何だ、と半信半疑ながらも、近づいた。目の前にすると、相澤は俺より十センチ以上小さい。ノースリーブに短パン、日に焼けて筋肉質の俺とは異なって、華奢な制服姿といい、半袖のシャツから覗く白い腕といい、眼鏡といい、見るからに文化部という容姿だ。
「真崎んとこ……陸上部は何かしないの?」
 相澤が尋ねた。見た目に反せず、口調までもが柔らかい奴だ。
その質問が二週間後に控えた文化祭のことだというのは、すぐに分かった。この時期、学校中は文化祭一色だからだ。
 それにしても勢い込んで話しかけた割に世間話かよ、とやや拍子抜けしながらも「あぁ」と返す。
「しねぇよ。俺ら、走るだけがとりえだしな」
「そっか」
「あぁ。球技の連中は他校呼んで試合するみてえだけど、ただ走ってんの見てても詰まんねえだろ? 俺らの見せ場は体育祭の方で終わり。つっても、部対抗リレーではサッカー部の奴らに負けたけどな。あいつら、球蹴りが本業のくせして足速すぎ……」
 気がつけばべらべらと喋っていた。間が持たない気がしたからだろう。何を語ってんだ、と自分に突っ込みつつも止まらない。話し続けていると、思いのほか強い口調でそれが阻まれた。
「そんなこと、ないよ」
「へ?」
 ――そんなことない、って、何が? サッカー部の足の速さが? と訳が分からずに間抜けな返答をする。その口は益々ぽかんと開くことになった。
「おれ、真崎が走ってるところ見るの、好きだよ」
「……」
 茶化されているのかと一瞬勘ぐったけど、相澤の目を見たらそんなんじゃないってすぐに分かった。真っ直ぐに見つめる瞳は、レンズの向こうだけど、嘘や冗談を言っているそれじゃあない。
 だからこそ、俺は頬に熱が灯った気がした。
「……お、おう。ンなマジな顔して言われっと照れんだけど」
「あ、うん、いきなりごめん」
 というか発言から察するに、コイツは美術室から何度か俺の走るところを見ていたということだ。いよいよもって恥ずかしい。言った本人も焦ったように謝った。
「あれっ、でも、だったら何で……?」
 一拍置いてから相澤はもう一度首を傾げる。考えていることは想像出来た。部活で予定のない人間はクラスの出し物に参加するのが暗黙の了解のようになっている。だから催しをしない陸上部の俺が部活をしているのが不思議なんだろう。それも形ばかりの顧問を除けばノブとたった二人で。
 俺が部活に参加しているのは、二週間後に出場を決めている国体のためだった。ノブは付き合いだ。一人でも良いと言ったけど、先輩が全員部活を放棄した中、指導力のない顧問と二人きりも疲れるし、ありがたい存在なのは確かだ。
「――そうなんだ! 大会、頑張って」
 国体のことを言うと、相澤は自分のことのように眼鏡越しの目を輝かせた。
「あぁ、センキュ」
 正直そのとき俺はスランプでどうしようもないタイムを繰り返していたときだったから、その手の応援はありがたくも重荷だった。けど相澤が言うと何故か嫌じゃなかった。身に纏う雰囲気のせいだろうか。疑問に思っていると、だけど、と付け足す。
「文化祭は残念だね」
 偶然にも大会は文化祭とまったく同じ日程で、だから、勝ち上がったら俺は高校一年目の文化祭には参加出来ないことになる。
「まぁ、仕方ねぇよ」
 一日目の予選で敗退したら途中から出られる訳だけど、それを言うのはプライドが押し止めた。
「相澤は……美術部なんだな。そっちは?」
 美術部と言ったら絵画展だろう、と思ったらやっぱりそうだと言う。
「じゃあ、今描いてんだ?」
「うん。一人三枚がノルマで、風景画と静物画は終わったんだけどね。三枚目の人物画が……」
 そこで俺の顔を見上げた。噛み締めたくちびる。固い決意を秘めたまなざし。何、と思った矢先に一言。
「……参加出来ない本人の代わりにって訳じゃないけど、描いたら駄目かな」
「え?」
 意味を図りかねて、クエスチョンマークを浮かべる。そして俺は漸く、相澤が俺を呼んだ理由が分かった。続く彼の言葉で。
「美術部の展示用の絵。……おれ、真崎を描きたいんだ」



 そういうわけで相澤は、毎日、あの美術室の窓から俺の絵を描くこととなった。勝手に描いてるからいつも通り部活しててと言われても、国体前の大事な時期だ。他の奴だったら気が散るから、と断っただろう。
 だけど何故か相澤にはそんな気が起きなかった。だから殆ど口が滑るように、いいよと返事していた。
 了解したことを、思った以上に相澤は喜んだ。ありがとう、ふわりと微笑んだ彼に、こっちが礼を言いたくなったくらいだ。
 相澤の絵は、それまで一度も見たことがなかった。そもそも俺は美術とか芸術方面にいっさいの興味がなかったので、当たり前と言えば当たり前だ。
 そんな俺も、自分を描きたいという人間がどんな絵を描くのかくらいの関心はある。絵を見せてと言うと、遠慮がちにも文化祭に出すという他二枚を出してくれた。
 目の前に置かれたそれらは、凄く特徴的で、印象的な絵だった。どちらも青一色で描かれていたからだ。モノクロニズムと呼ばれる手法だそうで、相澤は課題でどうしてもという以外、二色以上の色を使わないらしい。彼の好きなフランスの画家の影響とのことだった。
「青に拘りがある画家でね。自分専用の青い染料を開発したほどなんだ」
「すげぇな」
 よほど好きなのか、その話をしているときの相澤は能弁だった。俺は絵画にはてんで疎いけど、噛み砕いて話すから聞いていて楽しかった。素人ながら、染料を自分で生み出したなんてきっと凄いことなんだろうと思う。
「うん。それが濃いウルトラマリンで、ウルトラマリンって群青のことなんだけど、群青って別の言い方をすると、鮮やかな藍青色、なんだよね」
「らんせいしょく?」
 漢字がまるで分からない。
「藍、青、色って書いて藍青色」
 相澤は一つ一つ区切って言った。頭の中で反芻して、はたと気づく。
「藍って相澤の名前に入ってるよな。藍生、だっけ」
「おれの名前、知ってたんだ?」
 意外そうな顔は、少し嬉しそうに見えた。
「珍しいからな。先生も四月に名簿見ながら読み方聞いてたろ。最初、音読みでランセイとか読んでたよな? 幾らなんでもありえねーって、それで一発で覚えた。……あ、それでか」
 言いながら納得した。藍、それにランセイか。
「そう、何か親近感覚えちゃって。おれの絵も大抵、藍青色」
「なるほどな。じゃあ俺もその色で?」
 相澤はまた頷いた。
「うん、そのつもり」
「何か想像つかねえな、人物画が青って。あ、悪い意味じゃないねえから」
 絵のことを何も知らない俺が言う台詞じゃなかった。気を悪くしたかなと訂正する。けれど相澤も笑って言った。
「ううん、おれもそう思う。実を言うと、人物では初めてだから」
「そうなのか?」
「うん。初めは普通にフルカラーにしようかと思ったんだけど、ふと窓の外を見たら真崎が走ってて、群青の空の下で走る真崎が描きたくなって」
「群青の空?」
「深い、深い空の青。真崎の姿が空に溶け込んで見えて、それでインスピレーションが湧いたんだ」