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スカイグレイ
スカイグレイ
novelistID. 8368
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風が私にそうさせたのか

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「ナナエさん、来てください!」
ドンドンとドアを叩く音が、意識の遥か彼方から聞こえてくる。
「開けてください! 早く!」
 私の意識は、まどろみと覚醒の境界線の辺りを行ったり来たりしながら、徐々に覚醒へと近付いて行く。なぜこんなにも頭が重いのか。……そうだ。原因ははっきりしている。私はさっき……、ああ、思い出すのも億劫だ。
「いないんですか! ナナエさん!」
ドアの外は相変わらず騒がしい。もはやドアを叩く音はノックというより破壊音に近かった。
「……今開けるから待って」
 聞こえるはずがないと思いつつも、私は呟いた。早く行かないと、本当にドアが壊れてしまう。
 ようやく部屋の出入口まで辿り着き、ドアを開けると、そこにはひどく息を乱したカズヒトさんが立っていた。
「ナナエさん! こちらにサツキさんが来てませんか?」
「いえ、来てないわ」
 カズヒトさんは、そうですか、と一瞬落胆の表情を見せた後、眼鏡を押し上げて、
「サツキさんがどこにもいないんです。夕食の準備ができたので呼びにいったんですけど……。玄関に靴もあるし……」
「ひいいぃぃぃぃぃ!」
 奇妙な具合に引っくり返ったような悲鳴が聞こえた。
「ユウジくんの声……」
「今、サツキさんの部屋で待って貰ってるんです。とりあえず行きましょう!」

 ユウジくんに急かされるままに走り、目的の部屋に着くと、そこには床にぺたんと座り込んでいるユウジくんの姿があった。
「どうしたの?」
 私が聞くと、ユウジくんは真っ青になった顔を私とカズヒトさんに向けて、黙って開いた窓を指差した。
「窓、窓がどうかしたのか?」
 と、カズヒトさん。
「窓の外、バルコニーの下、」
 ユウジくんはやっとのことで言葉を絞り出すように言った。
 カズヒトさんがバルコニーに出て、私もそれに続く。
「う、わ……!」
「……っ!」
 見下ろして、思わず息を呑んだ。
 この建物は崖の上に建っている。バルコニーの下は海で、しかも岩場だ。一際大きな岩の上に、人の体が乗っていた。頭から血を流して、ぴくりとも動かない。首と腕がありえない角度に曲がっている。生きていたら、ありえない角度。それは、糸の切れたマリオネットを思わせた。
それは、紛れもなく、死体だった。
「サツキぃぃぃぃ! なんでこんな……」
 私の空虚な叫びは風に散らされ、何処にも届かない。
「サツキさんっ、サツキさんっ! おいユウジくん、あれは本当にサツキさんなのか?」
 カズヒトさんがユウジくんを振り向く。
「あ、あ、あの赤い服は見間違えようがないっすよ」
 ユウジくんはガタガタ震えながら頷いた。
「と、とにかく警察、え、じゃなくて救急車? あれ、もう遅い? とりあえず電話しなきゃ」
「落ち着いてくださいナナエさん。この建物の中には電話は一台もないですよ。そういう約束だったでしょ」
「あ……、そうだった」
 携帯電話は持って来ないこと。それがこのオフ会での決まりごとだった。
私達四人は、インターネットの掲示板で知り合った仲間だ。ナナエ、サツキ、カズヒト、ユウジというのは当然ハンドルネームで、本名ではない。
初めてのオフ会兼宿泊会を、この貸し別荘で行うことにしたのだ。この崖っぷちにそびえる建物の名は「風鳴館」。吹き抜ける海風の音をイメージして付けたらしい。
私達一人一人に部屋が割り当てられ、どの部屋のバルコニーからも海が見えるようになっている。高所恐怖症の人ならきっと耐えられないだろうが、私はこの絶景がとても気に入っていた。辛いことがたくさんある現実世界と、切り離されたような気分にさせてくれるからだ。この「切り離された感じ」は私達四人全員が欲していたものなのかもしれない。だからこそ、外の世界とのつながりの象徴のような携帯電話を置いてくることに、何の迷いも感じなかった。まさか、こんなことになるとは誰も予想していなかっただろうから。
別荘の持ち主が、携帯電話があれば事は足りると考えたらしく、ここには備え付けの電話もない。つまり、私たちは連絡手段を完全に断たれたということになる。
「あ、とっ、とりあえず、街に下りて警察に行こうぜ。カズヒトさん、車出してくれるよな」
 よろよろと立ち上がりながらユウジくんが言った。
「悪いけど、それはできない」
と、カズヒトさん。
「なんでだよ!」
食ってかかるユウジくんを手で制しながら、カズヒトさんは続ける。
「もうすぐ真っ暗になる時間だ。どんなに急いでも街まで一時間はかかる。それに、街に下りるまでには急カーブがたくさんある……。ちょっとミスれば崖から真ッ逆さまだ。正直、事故らないで街まで行ける自信は……ない」
 ごめん、と俯くカズヒトさんにユウジくんは、そういうことなら仕方ないっすけど、と決まり悪そうに言った。
「じゃあ、もういっそ歩いて行くというのは……?」
「ダメです。危険すぎる」
「ナナエさん、そりゃいくらなんでも無謀だぜ」
 私の提案は即座に却下された。
「と、とにかく今は現場保全が第一っすよ! この部屋を出ましょう! もう夕飯は出来てるんすよね、カズヒトさん。俺もう腹ペコで……」
 不謹慎だとユウジくんを咎めようかと思ったけれど、やめた。私達は黙って、ユウジくんに続きサツキさんの部屋を出た。

 カズヒトさんが腕をふるってくれた夕食はとても美味しかったけれど、食べること以外に口の使い方を忘れてしまったように、誰も一言も話さなかった。
夕食後、リビングでテレビを観ていても集中できるわけはなく、私も含め皆それぞれが思索に耽っているようだった。テレビを消した今、聞こえるのは、轟々という風の音だけだ。考えていることが皆一緒なのは明らかで、最初に口火を切ったのはユウジくんだった。
「なんでサツキさんはあんなことになっちまったんすかね?」
「ん……、誤って転落した、というのが妥当なとこだろうな」
 カズヒトさんが眼鏡を押し上げながら言った。
「そっか……。身を乗り出して、バランスを崩して……。運が悪かったんだな……」
 ユウジくんは長めの茶髪を掻き回しながら机に突っ伏した。
 二人とも、それ以外の可能性を考えないようにしているのがよく伝わってきた。
「……僕はもう休ませてもらうよ。君達二人も早く部屋に戻った方がいい。念のためドアに鍵を掛けて、誰が来ても開けないこと。明日の朝七時にこのリビングに集合して、それから警察に行こう」
 カズヒトさんはそれだけ早口に言って、部屋を出て行った。ユウジくんも私を一瞥すると、カズヒトさんの後を追った。

 部屋に戻って、歯を磨いて寝る支度をしてベッドに横たわっても、一向に眠気は訪れない。「あれ」は、まだあの岩の上に「ある」のだろうか。窓の外で風が鳴っている。それが呻き声のように、泣き声のように、叫び声のように聞こえてならない。
眠りたい。
 ……眠れない。
どうしてだろう。昼間はそんなことはなかったのに。やっぱりあれから時間が経ったからだろうか。寝返りを打つ。
今日は何だか感情が麻痺してしまっていて、何を見ても何も感じない。だけど、今は違う。突然に襲ってきたこの体の奥が震えるような感覚……。
……怖い。私はこの手で……。