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究極未完成地図 2

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いつものように少し長めの髪を適当に後頭部で結び、今日は冷えるとの天気予報を出掛ける間際に聞いたからと圭吾は長袖の黒いジャケットを羽織っていた。
絶え間なく左右に流れる人波を器用に避けながら歩く視線の先に、待ち合わせた人物の姿を見つけた。明りの灯らない昼間の街灯に背を預け寄り掛かる侑哉は、何故か目を閉じている。

「侑哉っ!…どうした、具合でも悪い?」

何かあったのかと慌てて歩調を速めて侑哉に歩み寄りながら、まだ若干離れた距離から圭吾は相手に届くよう声を張った。自分が侑哉の傍らに到着すると同時に、侑哉は落としていた瞼を上げその声の主に視線を向けた。

「大丈夫、何でもない。ここで波の音が聞こえるか試してただけ。どこ行く?」

口角を引き上げた笑みを向けられながら、圭吾は返ってきた言葉にきょとんと瞳を瞬かせた。まただ。時々、侑哉は自分の思いもよらない事を言う。高校の時にも、夜道を二人で歩いていた時に何気なく満月が綺麗だと言ったら、侑哉はその満月を見て『俺達を見て笑ってるんだ、笑顔は誰のものでも綺麗だから』と言った事がある。感性と言うか想像力と言うか、自分とは少し違うものの見方や感じ方をする…圭吾は侑哉をずっとそんな風に見てきた経緯があり、小説家になりたいと聞いた時も意外だとは微塵も思わなかった。寧ろ、侑哉の感性を活かすのに最適な職業だと思った程だ。

「そっか、なら良かった。んー…とりあえずメシでもどう?」
「おごり?ご馳走さん」
「はは、侑哉くん冗談が上手になっちゃってー」

気を取り直して、圭吾は軽く侑哉の肩を叩いた。それは同時に出発の合図となり、二人の足が雑踏の中へと向かい歩き出す。昼食を食べる店を互いに探しながら横並びで歩く侑哉を、圭吾はちらりと横目に見た。
出版社務めの侑哉は、外で会う時には仕事帰りの場合が多く、スーツの印象が強い。なので、圭吾には今日のようなシャツにジーンズと言うラフな格好が新鮮に思えたのだ。

「篤は仕事?」
「えっ…?!あ、うん。店に置くアクセの打ち合わせがどうとか。亜夢は?」

盗み見の最中に投げ掛けられた質問に少したじろぎつつ答えると、視線を周囲に回しながら圭吾も質問を返した。

「亜夢は、なんか職場の人から急に休みを変わって欲しいとかで出勤なんだと」

返事の最後に付け加えられた小さな溜息を、圭吾は聞き逃さなかった。その溜息に亜夢への想いが詰まっているような気がして微笑ましく、自然と口元が緩んでしまう。
互いの恋愛事情は知っている。5年続いてきた友情を破壊覚悟で打ち明けた秘密は、今や4人の共有のものになった。

「折角の休みに、亜夢に相手して貰えなくて寂しいよね」
「お前も、篤居なくて寂しいんだろ?強がんなって」

ダメージジーンズのポケットに両手を突っ込みながら侑哉を揶揄すると、同じように返ってきた揶揄に思わず声を上げて笑ってしまった…笑ってごまかした。見栄は男の性だ。図星を突かれても、中々素直に『はいそうです』とは言えない。
圭吾の心の内を知ってか知らずか、侑哉は相変わらず昼食を摂る店を探しながら胸のポケットから煙草を取り出した。小さな箱を上下に揺らし器用に煙草を1本だけ浮かせると、侑哉はそれを直接口に咥える。ライターを擦ろうとした時、圭吾が隣から『待った』と声をかけた。

「この辺りもさ、最近歩き煙草禁止になったんだって。見つかると罰金取られるよ?喫煙スペースがあるはずだから、そこで……ほら、あそ…こ……」

自分は煙草は吸わないが、勤め先のクラブにやってくる客が、この地域も先日から歩き煙草が出来なくなったと愚痴を言っているのを圭吾は思い出していた。代わりに、所々に設置されていると言う喫煙スペースを探すと、それはすぐに見つかった。圭吾が指をさした先には青い看板に白抜きで煙の上がる煙草のマークと『smoking place』の大きな文字。
――…の、背後にあるカフェらしき場所のガラスの向こうには見慣れた2人の姿。


篤と、亜夢だ。


身体から、さーっと血の気が引くのを感じた。なぜ、どうして、仕事は、偶然、まさか…。一瞬にして色々な思いが脳裏を駆け巡り、混乱した頭は圭吾の身体を凍らせた。実際に思考が停止したのは数秒だったろう、ハッと圭吾は侑哉に身体を向けた。侑哉が篤と亜夢に気付いていない事を祈ったが、侑哉も二人の姿に気付いているようだった。驚きと困惑を滲ませた表情で、咥えた煙草は今にも唇から落ちそうになっている。
自分の見間違いではないかと、もう一度だけガラス越しの二人に目を向けた。…見間違いでも幻覚でもなく、二人は確かにそこにいる。テーブルを挟み向かい合い、楽しそうに何かを喋り笑いあっている。そのまま見ている事すらも居たたまれず、侑哉の方を見ると相手も圭吾を見ていた。
今、侑哉と圭吾が感じている想いは恐らく一緒だった。どちらともなく、二人はその場を離れるべく無言のまま再び雑踏の中へと歩き出した。
作品名:究極未完成地図 2 作家名:香 雨水