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花少女

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 奇妙な夢を見た、と私は学校への道を歩きながら考えた。体中から植物の生える夢。何かの小説の影響か、はたまた自分自身の潜在心理からきたものか。
 緩やかに暖かくなっていく春の空気に半ば埋もれるように、未だまどろみのさなかに、私はいた。冬の間に蓄えていた脂肪を使い尽くしたのか、ほっそりした鳥達が、私の頭上を跳び越していく。それをぼんやりと目で追い、時折自身の存在を知らしめるかのように吹く寒風に身を縮めながら、学校へたどり着いた。ここへは、正二の紹介で、先月から働くことになった。英語の臨時講師を任されていて、呼ばれた日に出て行って生徒たちに教える。時間はたっぷりあるが、何分人にものを教えることにあまり慣れていないため、勉強することもたっぷりとある。
 正門を潜ってそのまま講師控え室を素通りし、教頭のいる部屋へ足を運んだ。渡さなければいけない資料があったし、正二の挨拶も一応、伝えておこうと思ったのだ。
 扉をノックすると、坂田教頭のしゃがれ声が中から応答した。部屋に入ると、こぢんまりとした応接室のような室内には、馬鹿でかい机と、高い、その割に中身の少ない本棚がでんと構えていた。坂田教頭の小柄な姿は、その本棚に飲まれるようにして立っていた。校長はいつもなら机の向こうに置かれた大仰な椅子に座っているはずなのだが、今日はまだ来ていないようだ。坂田教頭は私の姿を認めると、とがった顎から山羊のように生えた、長く、白いものの混じった髭を弄りながら、言った。
「お早う」
「お早う御座います、坂田先生」
 私は一礼し、坂田教頭に近づいた。小さな先生は彼よりも頭二つ分ほど高い私の身長に怯む様子もなく、堂々と私の手から資料を受け取った。その中身を確認したりなどしないあたりが、彼の教師としての力量を感じさせる。私は深い畏敬の念に打たれながら、再度礼をした。この礼の意味は、果たして坂田教頭に伝わっただろうか。
「ご苦労だったね、神崎君」
「いいえ」
 資料を渡し、目的を終えたはずの私がまだ部屋から出ようとしないので、坂田教頭は訝しげに、小さな眼をしばたかせながら私を見上げた。
「まだ、何か用なのかね」
「ええ、用というほどのものではないのですが。先日、村沢正二に会いまして。彼が、先生によろしくと言っておりましたことをお伝えに」
「ああ、」
 坂田教頭は一つ肯いた。そして少しの間の後に、何度かまた首を動かした。
「ああ、ああ、村沢正二か。うんうん。そうかそうか」
 坂田教頭はひとしきり肯いて、しゃがれ声で何やら呟いた。「村沢……村沢、……はて」。坂田教頭が一向私に注意を向けなくなったので、静かに礼をして、部屋を出た。部屋を出る前にもう一度坂田教頭に目を向けると、彼はまだぶつぶつと正二の名を呟いていた。先の細くなった髭と小さな身体が、頼りなげに映った。
 一度控え室へ戻り荷物を置いてから、自分の担当授業の時刻までまだ時間が有ることに気づいた。すれ違った同僚の教師に挨拶をして、私は図書室へ下りて行った。二、三冊本を借りて出てくると、「神崎先生」、と私を呼ぶ声がした。振り向くと、お下げ髪のあどけない、中等部の少女が立っていた。腕には私よりも多くの本を抱えている。そういえばどこかの教室の授業をした際に、熱心に私の説明を聞いていた子であるようだ。
「神崎先生」
 お下げ髪の少女はもう一度、笑いながら私を呼んだ。
「なんだい」
「あの、私小夜子さんの友達なんです。その、小夜子さん、もうずっと入院が長いようだから、気になって……」
 そうか、妹の、と私は納得し、その少女に肯いて見せた。
「大丈夫だよ、妹なら心配はない」
「じゃあ、もう大分よろしいんですね」
 少女は顔を輝かせた。
「気になるなら、一度見舞いに行ってやると、妹も喜ぶよ」
「そうですか。なら、今度行きますと、小夜子さんに伝えておいて頂けますか」
「君の名前は」
「私は九条円(くじょうまどか)といいます」
 はきはきと答えて、少女は笑みをこぼした。
作品名:花少女 作家名:tei