花少女
少年は妹の病室に戻った後も、まるで借りてきた猫のように大人しかった。妹は時々そんな彼の顔を不思議そうに覗き込んで、彼を驚かせていた。
「どうしたの、青島君。さっきから随分静かだわ」
「そんなことはないよ」
「そんなことあるわよ。何か遠慮している風ね。お兄様がいるから、緊張しているの？」
「…………」
青島月路は答えずに目を伏せて、長く神経質そうな、ごつごつ節くれだったところの見られない、すらっとした指をせわしなく組み合わせた。彼の癖なのだろうか。妹はそんな彼を少しの間じっと見ていたが、やがて諦めたように一つ肩をすくめて見せた。
「お兄様に、人を緊張させる風格なんてないのに」
「おい、小夜子」
私が狼狽すると、妹はくすくすと笑った。
「冗談に決まっているじゃない、お兄様。私、お兄様のことを悪く思ったことは一度もないのよ」
「本当か」
「ええ」
妹はつんと澄まして言うが、口元には微かに笑みが見られた。私のことをからかうときに出る癖だ。青島月路は私と妹のそういうやり取りを横で、ただ眺めていた。加わればいいのに、と思ったが、いちいちそんなことを口に出すこともないだろうと思って止めた。妹はとうに諦めたのか、話の矛先を時たま彼に向けるくらいで、それ以上は口を出そうとしなかった。しかしそれでも、この場の空気が冷たいものにならなかったのは、後から考えても不思議としか言えない。三人いて、そのうち一人が無口だった場合、その会話はどうしても、その一人を気遣うものになり勝ちだ。だが私たちの場合はそうはならなかった。
青島月路を無視したわけではない。そうではなく、私と妹、そして青島月路の三人の間には、まるで昔から付き合いがあったかのように、一人が黙っていてもそれを必要以上に気にしないという不文律が成り立っていた。思うに、私が人に干渉することを苦手とする性質であったということと、妹と青島月路の付き合いが長いということが幸いしていたのだろう。
「……それじゃあ僕はそろそろ帰ろうかな。青島君はどうするんだい」
時計が五時を回ったころ、私は少年を振り返って聞いた。私はいつも、この時間になったら帰ることにしていた。少年は時計を見て少し考えていたようだったが、やがて肯いた。
「はい。僕も、帰ります」
「あら、二人とも帰ってしまうの」
妹は残念そうに、寝台から顔を上げて言った。私は微笑んで見せた。
「また来るよ。青島君も、来てくれるだろう」
「……また来ます、小夜子さん」
手を振る私と頭を下げる青島君に、一人で病室にいるのはつまらないんだから、と妹は唇を尖らせた。