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花少女

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 宮子は笑いを収め、また静かな声音で話し出した。
「小夜子さん、具合はあまり良くないようね」
 宮子の声はあくまで静かなものでしかなかったが、私の身体に、その言葉は突き刺さった。痛みは一瞬のことだったが、それでも恐ろしいほど正確に、私の急所を射抜いていた。彼女は、私に深手を負わせたことを、自覚しているのだろうか。
「お医者の先生は、なんと仰ってるの」
「……肺炎のほうは、治りかけていると言っていた」
「そうなの。それは良かったわ」
 私の言葉の歯切れの悪さに気づかなかったのか、それとも気づいていない振りをしただけなのか、それは分からないけれど、宮子は一つ肯いて、グラスの中のワインに口をつけた。ほんの数滴しか咽喉に入れなかったようで、彼女はすぐにグラスを置いた。
「そういえば、お母様やお父様はお元気?」
「ああ……」
 この間妹に届いた手紙の文面を思い返して、私は苦笑いをした。
「ああ、母さんは元気そうだよ。父さんは……分からないな」
「確か、何処だか外国に仕事へ行ってらっしゃるのよね。何処だったかしら」
「今は、ヨーロッパの主要国の大使館を巡っているらしい」
「そう」
 実は父がどういう職に就いているのか、詳しい事は私も妹も知らない。物心ついたときから父はしょっちゅうあちこちを転々としていて、既に母とも別居しているようなものであった。時折帰ってきた時に、頭を撫でてくれた広い大きな手くらいしか、思い出すことが出来ない。母に昔聞いたところでは、父は国の大使の仕事の手伝いだかなんだか、そういうことについていく役割を担っているらしい。どうも、日本の大使のお抱え通訳だとか、副業として翻訳の仕事もしているらしいとか、そういった甚だ不明瞭なイメージしか、私の中にはない。要は、よく分からないということだ。最後に父に会ったのは何時だったろう。確か、私が大学に入学した時だから……。もう長いこと会っていないことになる。
 宮子は口元をナプキンで拭い、手を下ろした。
「神崎さん。私、私と貴方はそろそろ真剣に、将来のことを考えたほうが良いと思うの」
「なんだい、藪から棒に」
 私はそう言ったが、実はそう藪から棒というわけでもなかった。私と宮子は、彼女の兄である正二を介して出会ってから、もう三年は付き合っている。私たちはその間に、次々と持ち上がる見合い話を曖昧な態度で振り捨ててきた。その態度の裏に、お互いに対する正体の分からない、未練のようなものがあったことを否定は出来ない。そして、そういうよく分からない感情をばっさりと切り捨てる潔さを、私も宮子も持ち合わせていなかった。私たちはそれを引きずり続けて、ここまでやってきてしまったのだ。宮子はとうとう、そういう私たちの関係に、終止符を打ちにかかったらしい。
作品名:花少女 作家名:tei