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花少女

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「青島君、ですか?」
 九条円はきょとんとした目で私を見上げた。放課後偶然廊下で出会い、妹用のノートを彼女から受け取った後、私は何の気なしに、彼について尋ねたのだ。九条円は少し考えて言った。
「すみません。教室が違うので、詳しいことは分からないです。でも、悪い子じゃないですよ。評判は流れてきますから、そのくらいは分かるんです」
「そうか。有難う、変なことを聞いて悪かったね」
「いいえ」
 九条円はそれだけ言って一礼すると、そそくさと去ってしまった。何か用事でもあるのだろう。窓の外を見ると、まだ明るい。明るいとは言っても夏の盛りとは比べ物にならないような薄明かりではあるが、それでも冬の闇を越えた後なのでやはり嬉しい。時計の針は既に五時を指している。五時でこの明るさである。やはり春は良い。
 学校を出ると、それでも昼よりは肌寒かった。両手を外套のポケットに引っ掛け、路を歩く。頭上には桜の花が、それこそ霧か煙のように、花弁一つ一つの境目もはっきりしないほどに咲き誇っていた。いつか散ってしまう花々が、いつか過ぎ去る季節を、謳歌している。
 桜並木を抜けて、電車に乗り、家に帰る。無人の家だが、とりあえずただいま、と声を上げてみないことには気がすまない。自分の声が廊下の奥まで届かずに消えたのを確認して、そのまま縁側へ直行する。月の光に照らされて青く見える庭の中に、目を走らせる。馬鹿なことだが、蝶々を探してしまうのだ。夜に蝶々はいないと分かってはいるのだが、ついついやってしまうのだ。
 庭にはすでに、緑が戻りつつある。妹の期待するような花々はまだ咲くに至らないが、それでも、この前までに比べれば見栄えがする。だから、早く蝶々が来てくれれば良い。そうしたら、私の嘘は真になる。妹の喜びも、真になる。だから、私はいつもここで蝶々を探してしまう。
 蝶々は、今日も来ない。
作品名:花少女 作家名:tei