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樹を降りる

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ウォリアーの独白3



 どこまでも続く大海原は、ひどく静かだった。聞こえてくる音といえば、船底を水が洗う音と、時折船体がきしむ音程度だ。昼間であれば海鳥たちが鳴き交わす声が聞こえていることだろう。だが、まるで昼間のように水面を照らす月が出ているとはいえ、彼らがそれを太陽とみまごうはずもない。目を閉じれば、堅い陸地の上で心地よい風の中、ハンモックに身を任せていると錯覚しそうな夜だった。
 ここアーモロード近辺の海域は、ここ百年の間にひどく海流が乱れたという話だ。それに乗ずるかのように、様々な魔物が姿をあらわし、別の大陸との交易すらも絶たれたということだ。だとすれば。空には暗雲たちこめ、波は船底どころかすきあらば甲板を洗おうとし、どこからともなく甲高い魔物の声が迫ってくるというのが、思い描く姿ではないだろうか。
 日によっては、場所によっては、まさにそうである場合もある。だが。少なくとも、今おれたちが停泊している区域においては、そんな光景は見られなかった。
「そーうでもないんだな、これが」
 静かだ、と。我知らず声に出ていたのだろうか。どこか面白がっているみたいな声が、おれの思いを否定した。そして、するするとマストから降りてきたパイレーツが、おれの隣に来ると船の進行方向をさす。彼ももともとの船でならば、交代で見張りをするなどといった職務からは解放されていたことだろう、と。そんなことを考えながら、おれは彼がさす方向を見、目を細めた。
「少し遠いか」
 異常を捉えられないおれの様子を見て取り、彼は呟いた。
「どうした」
「じき、わかる。と言いたいんだけど、そーもいかないかにぃ」
 軽い調子で言いながら、それでも進行方向から目を離すことなく、パイレーツは懐から取り出した双眼鏡をおれに押し付けた。そして、水面だとつけくわえ、覗くようにと促す。
 言われた通りに、おれは双眼鏡を受け取ると覗きこんだ。水面との言葉に従い、進行方向の水面を見る。
 まるで湖のようにないだ水面だった。満月(もちづき)の姿をも、歪みなくうつすほどに静かだ。
「いいや、よく見ろ」
 何もないじゃないかというおれの言葉にかぶせるようにして、パイレーツが言った。しばしおれは、その近辺を眺め続けた。
「……っ!」
 月が、二つある。おれが水面にうつった月だと思いこんでいたのは、正体不明の発光物だった。思わずおれは空を見上げた。欠けたることのない真円が中天に浮かび、下界にその裸身を惜しみなくさらしている。そして、それはもっと離れた場所につつましやかな分身を作り出していた。
「危険はないと思うんだけどね。念のため、皆起こそうかと」
「進路を変える(にげる)べきではないのか?」
「物見遊山じゃないデショ」
 ああでも物見遊山ならむしろ近寄るべきかも、と。そう言って笑うと、彼は肩をすくめた。
 船室へと入っていく姿を見送り、おれは再度水面にうつる光へと視線を戻した。ああ、なぜおれはあれを月だなどと見誤ったのだろう。
 ちらちらと波間に揺れる光は、満月の大きさどころではない。この船と競うような大きさがあった。それだけではない。じっくりと観察していると、少しずつ大きさが大きくなっていることがわかる。そして、近づいてきている。何かの反射などではあり得なかった。明らかに、海底からの光だった。
 しばらくすると、目をこすりながらギルドメンバー――ファランクス、プリンス、モンク、ゾディアック、そしてファーマーたちが甲板に集まってきた。もちろんパジャマ姿というわけではない。めいめいが、自分の武器鎧を身につけている。
「状況の変化――は、ないでしょ?」
 パイレーツの問いというよりは確認に、おれは光がかなり大きくなっていることと、すぐ近くまで来ていることを告げた。おお、と、面白そうな声をあげてから、パイレーツは船縁に近づいた。そして、じっと光る水面をみつめる。
「魚だとありがたかったんだけど、こりゃ違うかな」
 そう呟いて、彼は目を細めた。光る魚などいるのかというファランクスの言葉に、伝説じゃなくてわりと普通になどと答えている。
「さて。こういう場合、冒険者のとる道はいくつかある」
 水面から目をはなさず、パイレーツは片手をあげた。そして、人差し指を立てる。
「君子の道。怪しげなものには触れず近寄らずで全速後退」
 たまに、逃げたら追いかけてきたりもするけどねと付け加えながら、中指を立てた。
「学者の道。何かへの導(しるべ)であることを期待し、光を狙って投網をなげてみる」
 次は薬指だった。
「漁師の道。真ん中あたりに狙いを定め、銛を発射する。ああ、そういやこの前新しいのがついたんだねぇ」
 小指を立て、コレが最後とつけくわえる。
「探検家の道。とりあえず潜って様子を確かめる。――さて皆々様方、他に何か道はござんすか?」
 芝居がかった調子で問いかけると、彼はほんの一瞬だけ水面から目をはなし、皆を見回した。
「――ないな」
 しばしの沈黙の後、おれはそう口にした。そして、念のため、皆に対しないだろうと問いかける。その視界の端を、何かが横切った。
「まぁ、お父さんは君子の道を選ぶとして」
 それが何なのかを確かめようとしたところで、パイレーツが笑いを含んだ口調で言った。
「だれがお父さんだ」
 ほかに意見はと皆に問いかける彼に対し、渋面をつくり言いかえしたところで、派手な水音が響いた!
「な――!」
 大慌てでおれは暗い水面をのぞきこんだ。だが、良くわからない。ふりかえった。現在船に乗っている人間の顔を確かめ、絶句する。一人足りない。星の動きから様々なことを知るプロフェッショナル、だが、見かけはどうみても両親の保護下にいるべき子供――ゾディアックがいなくなっていた。
「誰も気づかなかったのか!」
「アンタも同じデショ!」
 半ばやつあたりに近いおれの叫びに対し、人のせいにしないのと返すと、パイレーツは船首の銛へと向かう。向かいながら、暗い水面へと呼びかけている。そして、誰か救命ボートへと声をあげた。
 それを受けてモンクがボートへと走る。一拍遅れ、おれもまたそちらへと向かった。
 幾度目かの呼びかけの後、パイレーツの声が明るくなる。
「――おーい、大丈夫か?」
 何か返事があったんだろうか。残念ながら、聞こえてきたのはパイレーツの面白そうな笑い声だけだった。きししとヘンな声で笑うと、やつはおれたちへと新たな指示を出した。
「ボートはいいから、うきわもってきて」
 そんなパイレーツの言葉に、救命ボートを結わえるロープに手を伸ばしていたおれとモンクは顔を見合わせた。そして、どちらともなくうなずくと、パイレーツの言った通りにうきわを用意する。
 うきわを手に船首の方へ戻ってきたとき、おれは異変に気づいた。光が、と。そうつぶやくおれに、皆もまたうなずいた。
 あれほどまでに明るかった光が、少しずつ暗くなっていた。そして、遠ざかっていくように見える。ああ、と。少し下がった位置にいたプリンスが、ランタンを持って、船縁から海をのぞきこむ。少しばかり頼りなくはあるものの、ないよりはマシだった。
作品名:樹を降りる 作家名:東明