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遼州戦記 保安隊日乗 3

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 遼州戦記 保安隊日乗 3


 季節がめぐるなかで 1


 左手からボールが離れた瞬間。遼州司法局実働部隊、通称『保安隊』野球部の不動のエース神前誠(しんぜんまこと)は後悔の念に囚われた。東和実業団都市対抗野球、三回戦。相手は誰もが鉄板と予想する優勝候補、菱川重工豊川。
 誠の小隊の女隊長でクローザーのカウラ・ベルガーの独特のアンダースローの救援を待たず。試合はコールドで一回戦、二回戦を自分一人で投げぬいてきた。今回も八回裏ワンアウトまで失点は三点でリードは一点。うち打たれたのは出会い頭のソロホームランが二本で連打は先ほど浴びた一本のみ。豪打の菱川重工相手に誠の左腕は快調に飛ばしてきた。相手は春の東和都市対抗で優勝したこの秋のドラフト候補が並んだ強力打線。自分でもこの投球は褒めてやりたい出来だった。
 ライトの技術部の小火器担当のキム曹長が抜けようとする打球を何とか抑えてのワンアウト一塁三塁。
 打ちにかかる四番打者相手にインハイに相手をのけぞらせるために投げたボールは甘く真ん中に入った。当然本気になった未来のプロの名打者候補がそれを見逃してくれるはずも無かった。前の回にキャッチャーフライを取りに言ってフェンスに激突した正捕手で野球部の部長の明石清海(あかしきよみ)にかわりリードをするヨハン・シュペルター。捕球が上手いとはお世辞にも言えない彼にはランナーがいる中では誠のスライダーは投げられない。実際、予選でも慣らしで何度か座ってもらったがすべて後逸されている。そんな誠の苦し紛れのストレートは読みが当たったとでも言うように腕をたたんで鋭く振りぬく相手バッターのバットの芯に捕らえられた。
 早い打球が三塁を守るアイシャ・クラウゼのジャンプしたグラブの上を掠めてレフト線上に転がる。三塁塁審はフェアーのコールをする。ゆっくりとスタートを切った三塁ランナーがホームを踏み、クッションボールの処理を誤った誠の天敵の経理課長菰田邦弘(こもだくにひろ)がアイシャにボールを投げる頃には一塁ランナーもホームを駆け抜けていた。
 得点は5対4。三塁側の保安隊野球部のベンチでは女監督の西園寺要(さいおんじかなめ)が手を上げていた。投球練習をしていたエメラルドグリーンのポニーテールの大柄な女性、カウラがすぐに呼び出されてマウンドに向かう。
 誠はそのまま歩み寄ってきたヨハンにボールを渡された。
「すまないな。俺のせいだ」 
 ヨハンのその言葉。セカンドのサラ・グリファン。ショートのナンバルゲニア・シャムラード、そしてサードのアイシャが黙って誠の左手のボールを見つめている。
「あとは任せろ」 
 マウンドに登ったカウラはそう言うと誠からボールを受け取った。誠は力なくマウンドを降りた。背後でアンダースローのカウラの投球練習の音が響いている。
「まあ、あれだ。これはアタシの采配のミスだ。気にするなよ」 
 要はそう言ってうつむき加減でベンチに入ってきた誠を迎えた。スコアラーの吉田俊平がその肩を叩く。誠は静かにグラブをベンチに置いた。
 ピッチャー交替のアナウンス。盛り上がる菱川重工の応援席。
「終わったな、今年は」 
 そう言うと誠は目をつぶり頭を抱えた。
「おい、落ち込んでいるところすまないが出かけるぞ」 
 ダグアウト裏から浅黒い肌の髭面を出しているのは、部隊の勤務服姿の保安隊管理部部長アブドゥール・シャー・シン大尉。誠は彼の言葉に頷いて静かにロッカールームに向かった。
「俺は野球は分からないからなんとも言えないけど……さっきの打球は運が悪かっただけだと思うぞ」 
 そう言いながらシンは指で車のキーを回している。
「そうなんですけどね」 
 ロッカールーム。上着を脱いで淡い緑色が基調の保安隊の勤務服に着替える誠。それ以上はシンも何も言えなかった。誠はそのまま着替えを済ませるとベンチから様子を見に来た部隊唯一の十代の隊員の西に荷物を渡した。
「大丈夫ですか?神前曹長」 
 荷物が運ばれてくる。まるで去るのを強制するかのように。西の気遣いが逆に誠を傷つけた。
「これじゃあプロで通用するわけも無いか」 
 自分の動揺に独り言のように誠はつぶやいた。精神面での脆さ。それは大学野球でそれなりの実績を上げた誠のピッチングを褒めちぎる人達がいつも付け加える弱点だった。そしてそれを一番理解しているのは誠自身だった。
「じゃあ行こうか」 
 腫れ物にでも触れるような面差しが見えるシン。なんとも複雑な表情のまま誠は球場の通路に出る。先を急ぐシンに付いていくだけの誠。外に出ればまだ秋の日差しはさんさんと照りつけてくる。歓声が上がる西東都スタジアムを後に誠はシンの車が止めてある駐車場に向かった。
「法術兵器の実験っていうことで良いんですよね?」 
 気持ちを切り替えようと仕事の話を持ちかける誠だが、シンの目には余りに落ち込んでいるように見えるらしくシンは目を合わせてくれない。黙ってドアの鍵を開く。沈黙の中、二人はシンのセダンに乗り込んだ。
「無理はするなよ。なんなら眠ったほうがいいかもしれないな」 
 そう言うとシンはタバコに火をつけた。気を利かすように少し窓を開けるシン。秋の風が車の中を吹き抜けてシンの口から吐き出される煙を運び出す。
「どうせ裾野の東和軍訓練場の到着までには時間がある。十分休んでいろ」
 そう言うとシンは車を後退させて駐車場を出た。誠はシンの好意に甘えるように目をつぶった。そしてそのままこみ上げる睡魔に飲み込まれるようにして眠った。


 季節がめぐる中で 2

 ぼんやりとした意識、我を取り戻したのはマウンドの上。
 誠が立っていたのはプロも使う東都大社球場のマウンドの上だった。高校野球東東都大会準々決勝、誠の左腕がメンバーをここまで引っ張ってきた。守備につく仲間達の視線が痛かった。九回裏、ツーアウトからファーボールを連発して一、二塁。打席には四番打者。リードは一点。誠はセットポジションから小さめのテイクバックでアウトコース低めに直球を投げ込む。
『ここはインローに投げたカーブがそのまま高めに浮いて……』 
 高校生の誠と今の誠。高校生の誠が投げた球に空を切る四番打者のバット。
『ああ、このとき相手は変化球を待っていたんだな……』 
 ガッツポーズを決める高校生の誠。ナインは手を上げながら彼に抱きつこうとする。
『ああ、あそこでは僕の配球が正解だったんだ』 
 上空から高校時代の仲間達を今の誠が見下ろしている。



「神前!神前!」 
 シンの低い声で目が覚める。裾野演習場。寝ぼけた目をこすりながらシンの車から降りると、誠はのんびりと伸びをした。
「さあ、行くぞ」 
 そんなシンの言葉にもう一度意識をはっきりとさせて周りを見渡す。周りに茂る木々のシルエット。日は暮れていた。停まっている車の数も少ない。そのまま本部の建物に吸い込まれるシンと誠。