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小日向散歩
小日向散歩
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ハーフボイルド・サンタクロース

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季節は冬。
 雪の降り積もる街並みの一角。指令書が来るのは決まっていつも十二月二十四日だ。もう少し早く寄越せといつも催促しているのだが、それが受け入れられた試しはない。イラつく気持ちをアルコールで薄めて、一枚目の指令書を手に取った。
 ファミリーのボスが直々に署名したサインを見て、頭に登った血が急速に冷めていく。ボスが支払った労力と時間に比べれば、私のやっていることなど、遊びのようなものに過ぎない。しかし、だからと言って手を抜くことは許されない。

「難しいことはない。鉄のように強靭な体力と、不屈の精神力、そしてルールを守る忠実さ。この三つを備えた者ならば、ファミリーは君を歓迎するだろう」

 鋭い眼光を煌めかせながらそう言ったボスは、無事試練を乗り越えた私を家族に迎えてくれた。手を下すターゲットの数は百十六名。昨年より少し減っている。
 外は寒い。厚手のトレンチコートとハット、マフラーを首に巻き、書類を鞄に入れる。書類に書かれた文書は肉、ボスのサインは血液。決して、一枚たりとも失うことは許されない。鞄にロックをかけ、家の扉を開く。今夜は長くなりそうだ。
 
 郊外まで車で移動する。助手席に置いた鞄に、常に目を光らせる。バックミラーで後ろを確認する。尾行はない。しかし油断は即命取りになる。そうやって、ルールを守れず粛正されていったファミリーを、私は何人も見てきた。
 
 ホワイトロード。公式の名ではない。我々の間だけでしか用いられない白い道の名。年中白いわけではない。この季節だからだ。
 法定速度を遵守し、十キロ程の道のりを走る。野生動物への注意を促す標識。道路の両脇には木々が並んでいるが、その標識から数百メートル先までは、ただの平原が広がる。
 アスファルトで作られた道路を外れ、標識から左折。一キロ程進むと、久方ぶりに見る、見慣れた小屋があった。小屋に明かりはついていないが、それで良かった。いつも通りで、何も不審な点は見当たらない。周囲に気を配りながら、車を降りる。先ほどよりも雪が強くなってきた。良い印だ。
 助手席に置いた鞄を手に、木屋へと向かう。扉を開く。木で出来た小屋は、傷みが酷い。が、これで良い。何も問題はない。
 革靴の底で床板を叩く。違った。最初からやり直しだ。
 扉から一歩。そこで右足を二回鳴らす。
 そこから右へ二歩。左足を一回。そして一歩前に進み、左足を二回。最後に最初の位置へ戻り、両足で床板を叩く。
 一瞬で地下へと移動。正しくは床板の仕組みが作動し、地下に『落ちてきた』というべきだろう。この時のために毎年鍛えていると言っても過言ではない。今年の着地は、今までの中でも完璧だ。

 暗く細い通路を進む。話し声が大きくなり、やがて大きな倉庫へと出た。忙しなく作業するファミリーの一員たちに、帽子を取り会釈をする。返事が返ってくることを期待してはいけない。彼らもまた、ルールを守るために労力と時間を費やしているのだ。
 倉庫の隅に寂れた酒場。古めかしいそこは、何年経っても変わらない。
 カウンターに鞄を乗せ、書類を取り出す。枚数と通し番号を確認。大丈夫だということを頭では理解していても、万が一ということがある。結果は、一枚たりとも、紛失していない。
 無言でカウンターに立つ男に、書類を手渡す。ここが、入り口だ。
「いつものを頼む」
 ここで一杯やるのが習慣になっていた。嫌な顔ひとつせず、カウンターの男はそれを用意する。一年という時間が経っていても、この男には何の問題もないらしい。一気にそれを喉の奥へと押し込む。
「ぐずぐずするな、書類が本物であることを確認した。君は今回で五回目。だから、こちらから言うことは何もない」
 カウンターの男は、感情のない声でそう言った。
 六十五番と書かれた金色のチケットを受け取る。帽子を被って、倉庫の中央へと向かった。中央から向こうは、専用の足が用意してある区画だ、ターゲットに合わせたブツは、この倉庫のファミリーたちが的確に処理してくれるから何も問題はない。

 チケット番号と同じ区画にある車を探す。確か去年も、その前も、六十五番だった。カウンターの男の計らいだろうか。まったく余計なことをしてくれる。予想通り、六十五番の区画には、見慣れた相棒の姿があった。相変わらず赤い鼻をしてやがる。この頼りない小さなピカピカの赤い鼻は、暗い夜道だと役に立つことを思い出す。
 頼むぜという気持ちを込めて、その小さな鼻に指先で触れる。くすぐったいのか、頭を若干振りながら、早く乗れとでも言うように前足を上げてきた。
 ソリの後ろの白い大きな袋は、もう三分の二ほどがブツで一杯になっていた。やることが早い。区画の脇に準備された、真紅の装束に身を包む。やがて袋が一杯になり、倉庫の人間がその袋を縛った。手綱を手に、ソリを走らせる。倉庫の先は外だ。雪もないのにソリがどうやって走るのか、なんて考えたら駄目だ。これはファミリーに伝わる魔法だ。
 
 赤々と光る鼻を頼りに、夜空を疾走する。ターゲットの数は百十六名。
 やるべきことはただひとつ。子供に夢を与えること。
 守るべき掟もただひとつ、子供の夢を壊さないこと。

 煙突がなくても、鍵がかけられていても、二十四時間セキュリティに加入していたとしても、我々に不可能はない。一人目のターゲットの家には靴下があった。でもどうやら入りそうにない。枕元に目的のブツを置いて、靴下にはお菓子をおまけしておく。二人目、三人目、いつも通りだ。
 六十八人目。ターゲットの家の様子を伺うと、どうやらまだ起きているらしい。なかなかの悪人だ。どうやら私の姿を見ようとでも思って待ち構えているらしいが、思い通りにはさせない。ファミリーに伝わる魔法で子供を眠らせ、その枕元に、彼が望んだブツを置く。起きていたからおまけはなしだ。来年はしっかりと寝ているんだな。
 
 雪と風が激しくなるが、何の問題もない。
 次で最後かと思った瞬間、やけに袋が軽いことに気付いた。急いで袋の中身を確かめるが、なにもない。百十六番目の、最後のターゲットの家に向かう。ターゲットのいる部屋には明かりが灯っていて、どうやらまだ起きているらしい。カーテンの隙間から、外を見る少女の姿が見えた。
 決して、手違いが起きるはずはなかった。倉庫のファミリーたちは、記録に残る限り、一世紀以上、ミスを犯したことがない。
 どこかに落としたに違いない。袋の口は縛っていたが、万が一ということが有り得る。もう今は夜の二時。戻っている時間はない。
 こんなに頑張って起きていて、朝になって何もないとわかったら、酷く悲しむに違いない。荷物を用意したのは倉庫のファミリーたちだ。だから、私は目の前の家に住む少女が、何を欲しているのかを知らない。玩具だろうか。しかし玩具にも色々な種類がある。数万種類の中から正しく少女が欲しているものを用意することはできない。もしかしたらお菓子かもしれない。おまけとして用意して、まだたくさん残っているお菓子に目をやる。けれども、お菓子ではない可能性もある。