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わたし以外みんな異世界行ったのでどうにかする

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 事実、そこは広大な公園だった。菜摘は森の中の遊歩道を進む。鬱々としていた気持ちもいつの間にか消える。今の菜摘は薄暗い林の中で木漏れ日を楽しむ余裕すらあった。
 これはやはり夢なのか。だとすれば、この夢はいつ覚めるのか。
 ぼんやりと一番現実的な現状の解釈をしながら散策を続けていると、生い茂る木の葉に遮られてどんどん日の光が遠くなっていく。辺りは薄暗くひんやりとした静かな森へと姿を変えた。
 心休まるシチュエーションを壊すように、菜摘の薄いお腹から虫の音が聞こえてきた。
「夢でもお腹はすく……わよね?」
 薄ら寒い仮説に至る前に、菜摘は思考を食へと切り替えた。
「森なんだから、何か食べ物はないかしら。木苺とか、あとキノコ……は素人はやめておいたほうがいいわね」
 菜摘は学校行事で山に登ったときに木苺を食べたことを思い出し、何か食べられそうなものがないか森の中を見渡しながら進んだ。すると、進む道の先に小さな人影を見つける。

 露天によくあるようなキャラクターもののお面をつけた浴衣の少女だった。きっとこの公園でお祭りでもあるのだろう。
 菜摘より頭一つ分ほど小さな少女は、一歩も動かず直立不動で菜摘の居る方向へ顔を向けている。お面に隠されて少女の顔は見えない。
 暗い森の中であるため、菜摘はマネキンを人と見間違えたのかと一瞬錯覚した。この夢の世界に来てからというもの、菜摘は視線を向ければ必ずと言っていいほど顔を背けられていた。しかしどうやら本物の人間のようだ。

 ――もしかしたら、話をしてくれるかもしれない。
 菜摘は、この少女に小さな希望を持った。自然と歩調は早くなっていく。ようやく会話が出来る距離まで近づけたとき、先に口を開いたのは浴衣の少女の方だった。
「どうして?」
 完全に虚をつかれた菜摘の頭の中は真っさらだった。
「どうして、って……」
 聴きたいことは山ほどあったはずなのに、会話をしたいとあれほど望んでいたのに、頭からも喉からも何も出てこない。
 さっきまで舞い上がっていたというのに、この少女に近づいたことを後悔した。彼女の何が悪いというわけではない。第一印象というのだろうか。ただ何となくソリが合う人間でないと一度感じた瞬間から、菜摘の腰は引け始めていた。
「どうして、ここに居るの?」
 助け舟か追い討ちか。少女は同じ質問に一言付け足した。
 ようやく返す言葉を見つけた菜摘は、畳み掛けるように質問を返す。
「知らないわ。何も分からないの。お願い、教えて!ここはどこなの?」
「嘘つき」
 ぴしゃりと締め出された。
 菜摘の発言を全て拒絶する言葉だ。欲しい答えもそこには含まれない。何故その答えが返ってくるかが菜摘には理解できなかった。
「う、嘘じゃないわ。私は本当に……」
 菜摘は思うように会話は進まないことに途方くれる。
 せめて友好的に会話を楽しみたいと考えたが、菜摘は年下との接し方に長けてはいない。言い訳じみた中身のない返答をして時間を稼ぐしかなかった。
「嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき」
「違うわ!私の話を聴いて。お願いだから……」
「嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき」
 菜摘は少女の異変に気づいた。
 菜摘は一歩後ろへ下がる。お面の少女は一歩踏み出した。菜摘が後退し、少女が進む。少女の一歩は菜摘より小さいはずである。しかし二人の距離はどんどん縮まっていく。
「嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき」
 悲鳴を上げて菜摘は逃げた。どこへ向かっているのかも分からないまま、少女に背を向けて走る。どこへ逃げても同じだ。菜摘が知っている場所など、ここにはないのだから。
 ――なんなの?今のは、何なの?本当に、人間だったの!?
 何度も何度も後ろを振り返りながら、我武者羅に足を動かした。
 少女は追ってこない。それでも、木の枝が肌を引っかいても、獣道に足を取られてもおかまいなしに菜摘は突き進む。恐らく二人の間にはかなりの距離が開いただろう。だが菜摘は安心することが出来なかった。

 ついに体力が尽きて、森の真ん中で地に膝をつく。一気に力が抜けてしまったようで、足は震えてすぐには立てそうもない。まだ息が上がったままで自らの体を抱えてしゃがみ込み、菜摘は体を振るわせた。
「…………怖い……」
 これは本物だ。土のついた膝も、露出した部分の肌のあちこちにあるかすり傷も、痛いくらいにはねる心臓も、全身を包むように浮き出た汗も、この森も、この世界も。
 いつまでたっても夢から目覚められない原因は一つ。これが現実だとしか説明がつかなかった。