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わたし以外みんな異世界行ったのでどうにかする

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第2話 蛇使いと魔法の鏡



 ドレッサーの置いてある部屋は元々祖母の部屋だった。和室だというのに、今や服置き場兼母のパウダールームとなっている。四畳半のスペースにドレッサーと洋タンスと和タンスに姿見、ハンガーラック2つに物干し竿を配置。それにみっちりと服が吊るされている。スタンド型のハンガーラックは、大掃除のときにじわじわと畳にめりこんでいることを確認済みだ。酷い有様だと思う。
 照明はつけていないが、夕方でも室内はぼんやりと明るい。窓から入り込む日の光が、障子を通過して薄明るく部屋を照らしている。恐らく鏡の向こう側からこの部屋の様子をはっきり見て取れるはずだ。しかしその辺りは紳士なのか、それとも関心がないのか。怪しい老人は一切このことに触れなかった。
 こちらに対して鏡の向こうにあるのはシンと涼しげな竹林だった。木漏れ日がキラキラとこぼれて、なんとも美しい風景だ。敗北感を感じずにはいられない。

 少し頭の冷えたわたしは、改めて老人を見た。お笑い芸人よりもオーバーリアクション。それはもうペラペラペラペラと舌もかまずに喋り続ける男を。
 右目は長い銀の前髪に隠れ、左目は片眼鏡に隠れ。お前は眼球に自信がないのかと問い詰めたくなる格好。極めつけは片眼鏡から伸びるチェーンで、左耳にだけぶら下がる耳飾りに繋がっていた。どれだけ片方であることに囚われているんだ。両方でいいだろう。傾くだろう、頭の重心が。全身つっこむところしかない。じじい頑張りすぎ。
「ええと……そのマント、ずいぶん長いね。地面で汚れないの?」
 つっこみ待ちのような気がして、一番気になるところはあえて避けたみた。そのまま指摘してやるのも癪だ。すると男は上体を仰け反らせ、両手を掲げて回転しながら高笑いし始めた。何故回る。
「貴様は馬鹿だね!俺がそんなことに気づかないとでも思っているのかね!?ハッハァ!おかしいなぁ!?実におかしいなぁー!?アハ!あははははー!」
 そして満足するまで回った後、決めポーズらしきものをしながらこちらを向いた。自信満々の顔でわたしを指差す。
「フッ……。そうならないように……俺は常に地面から少し浮いている!」
 その発想はなかった。よく見れば、体に巻きつくようにして黒い羽衣のような帯のようなものが彼を浮かせている。しかもその薄平らの謎の物体は生きていた。魔法か何かで帯に命を与えたのか、それとも元からそういう生き物なのか。よくは分からないが、聞くと長くなりそうなので顔つきや牙から断定すると、恐らく蛇だ。
「今更だけど、あなた何者?普通の人には見えないけど、それともそれが常世の基本なの?」
「フハハハ!セカンド、貴様は見る目があるではないかね!」
「セカンドいうな」
「そうだ、俺はただびとではなァい!」
 白い手袋を胸に当てて、吼えるように男は叫んだ。
「俺の名はシルバーダスト。占星術師だ!」
 ああ……。それっぽいそれっぽい。

 老人の大声に興奮したらしく、蛇はぐるりと身を翻す。そして何かに気づいたような仕草を見せると、男のマントを銜えて引っ張った。その意図を読み取ったようで、男は神妙な顔で頷いた。
「時間がないね。それではセカンドプレイヤー、後は頼むね」
「えっ、この状況で何をどうしろと?」 
「なんとまあ物覚えの悪い奴だね!」
 男は顔に手を当て、オウ!のポーズをとると、わざとらしくため息をついた。腹立つ。
「貴様のためにもう一度言ってやろうね!プレイヤーの役目は、プレイヤーキャラクターを使って人喰い鬼を倒すことだ。まずは貴様のプレイヤーキャラクターを手に入れたまえ」
 手に入れろといわれても、手を入れられないから困っているんだよ。
 プレイヤーキャラクター。確か、ゲームの中に登場する自分の分身のことだ。どんどん状況がゲーム染みてきている気がする。しかしそうなると困る。
「ひょっとして、自分でキャラクターをカスタマイズしろとかそういう……」
 そうだったらどうしよう。そこから先に進める気がしない。
 何を隠そう、わたしは現代社会では絶滅危惧種レベルの機械オンチ。ゲームというか、機械関係は苦手だ。
「安心したまえ。貴様のプレイヤーキャラクターは既に決まっている。名はカグヤ。今は竹取の翁の屋敷にいる」
「竹取の翁……?」
 凄く聞き覚えのある単語がちらほら。わたしの疑問をスルーして、占星術師と名乗った男は話を続けた。
「そしてこれから貴様がやることも既に決まっている。まずはカグヤをさらって、何としても人喰い鬼退治に協力させろ」
「ちょっ」
 犯罪の片棒担がせる気か。思わずドレッサーの椅子から立ち上がってしまった。
「しまった!もう時間だね!この鏡はカグヤの部屋に捨てていってあげようね。後は好きなようにしたまえ!」
「待って、話を……」
「くれぐれも俺のことは忘れないようにね!?貴様は頭が悪いから心配だ!分かってるよね!?俺の名はヘルブラック!吟遊詩人だからね!!」
「えっ、さっきと違」
 抗議する間もなく、男は魔法の鏡を掴み、投げた。

「うわぁ!……って、映像だった」
 ぐわんぐわんと鏡に映る景色が回る。こちらの世界に何の影響があるわけではないが、釣られて身構えてしまった。

 それまで見えていた竹林の景色は、どこかの室内に変わっていた。もしやここがさっき話題に上がった竹取の翁の家なのだろうか。そしてさっきのまで居た竹林はその敷地内だったのでは。
 室内の様子は暗くてよく分からないが、なんとなく和風の建築物のような気がする。それも平安貴族の屋敷のような、格式の高い方の。室内に人の気配はない。先ほどの怪しい男の姿もないようだ。窓のような場所からは、美しい星空が見える。仙台の鼠色の夜空とはまさに雲泥の差だ。
「もう夜?さっきまで凄く明るかったのに……」
 竹林だったために分かりづらかったが、正午くらいかおやつ時くらいだと思っていた。こっちの世界――現世はまだ日がある。しかし鏡の向こうにある満月は空高くまで昇り、白く輝いている。どう見積もっても夜の20時は過ぎていた。
「変なの。こっちはまだ夕方なのに」
「そうそう!現世は夕方っていうのがあるんだよねぇ。不思議だよね~」
 誰かの声が自然に独り言へ参加してきた。どうやら人がいたようだ。しかし相変わらず室内に生き物の気配はなく、あるものは何一つ動かない。
「あなたは誰?どこに居るの?」
「え~!嫌だなぁ、ずっと一緒に居たじゃないか!僕だよ、僕!鏡だよ!」
 声の主は魔法の鏡だった。
 実は元々口が利けたらしい。あんな男と黙って一緒にいることができるとは、人間ができている。訊けばやはり口を開かないよう命令されていたらしい。
「黙っていないと割る、だよ?脅されたんだ。酷いと思わない?可哀想な僕!」
 さぞつっこみたくてウズウズしていたことだろう。敬意を表して顔を合わせて会話したいところだが、残念ながらこちらから見える映像は鏡から見た映像。不可能だ。
「あなたも苦労したんだね。そういえば、あの変な人は何者だったんだろう。名前も職業も嘘くさいし」
 あれ?そうだとすると、結局あの人について何も知らないんじゃ……。