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町内会附浄化役

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9 それぞれの思い


 いつみは比較的ゆったりとした足取りで川の堤防へ向かっていた。
「あ?、本当にこっちで間違いないん?」
 後ろから祥が恐る恐る声をかける。
「ええ。あの女、かなり濃い、特異な弥無を纏っているから、間違えようもないわよ」
 いつみの口調は普段とあまり変わりない。
「そうだな、三枝の娘は、とても悲しい弥無を纏っている」
 いつみに憑いてきた御幣島の神がそう言うと、いつみは鼻で笑った。
「はっ、関係ないわよ、そんなこと。穢れた弥無は排除するのみ」
 二柱と一人は絶句した。
「排除、ですか」

 ぐるぐると渦を巻く異常な弥無の高まりが、土手の強い風を巻き込んで空を高く駆け上がる。川からの風にさらされていれば気分がよくなるかと思ったのに、怜子の気分は一向に回復しなかった。
 さっき倒れた斎月を見てから、怜子はおかしい。斎月のことはもう、友だちだとは思っていなかった。他の奴らと一緒だ。斎月は兄の出来事のあと、怜子から離れていったたくさんの人間の一人だ。
 だけど、自分が傷つけた斎月を目にした途端、全身が震えだして、抑えようとしても抑えられなった。自分が斎月を傷つけたのだという事実が、とても恐かった。
「どうしよう」
 小さな声でつぶやいてみる。
 ずっと疑問は持たなかった。このやるせない思いは吐き出さなければならない、そして自分にはその手段がある。そこから先はただ、何も考えずに、己が望むままに行動してきた。でも、あの斎月を見た瞬間、急に恐くなった。
 震えは一向に止まる気配がない。水分を含んだ風が頬をなでる。斎月は大丈夫だろうか。

「近いわね」
 黒々と立ち込めていく弥無の様子を探りながらいつみがつぶやいた。
「ああ。あの女、なかなか手強いぞ、いつみ。気をつけろ」
 気合いの入った声で祥が言うのを、冷ややかに横目で眺めて、いつみは土手の階段を登っていく。
「この地を汚すものありて、平らな弥無は流れ落ちた。下り坐せ、産土の神、流れが浄めしこの州(しま)をあるべき姿に」
 いつみから流れ出る弥無は、大きなうねりとなって、黒々とした弥無にぶつかっていった。

 怜子は突然襲ってきた耳なりに驚いた。顔を上げると、押し寄せる清切な弥無に、自分が作り出した黒々とした弥無が押しながされるところだった。その弥無は怜子の身にも襲いかかる。全身の皮膚に鋭い痛みが走った。
「やっと見つけたわ」
 コンクリートで固められた階段の一番上に仁王立ちしていつみは言った。
 怜子は無言でいつみをにらみつけると、まっすぐに手をのばした。怜子の周りにはまた黒々とした弥無が集まりはじめる。
「甘いわ!」
 いつみが叫ぶと怜子のまわりに集まった弥無は、引き剥がされるようにして削り取られていく。そのスピードは集約のスピードをはるかに上回っていて、ものの数秒で怜子の周りの弥無は正常になった。
「あなたなんかが私に適うわけがないのよ」
 あごをもちあげて言い放ったいつみは、いつにもまして威厳がある。
 怜子はもう一度、弥無を集中させようとする。強く強く怒りを集中させる。いつもなら簡単なことなのに、なぜか今はそれがうまくいかなかった。いつみが恐いわけじゃない。なのになぜこんなにも体が震えているのだろう。
「格の違いを見せてあげるわ」
 悪役まがいのセリフを吐いて、いつみは弓矢を構えるような動作をした。するといつみの手の周りに光り輝くような弥無が集中し始めた。それはみるみるうちに体積を増していく。いつみの周りはその圧倒的な弥無によって風が巻き起こった。いつみの鋭い視線は射るようで、祥はじっと突っ立ったまま何も出来なかった。
 勢いよく飛び出したいつみの弥無は、怜子の真横をすり抜けていった。怜子はそれが巻き起こした爆風に巻き込まれ、しりもちをついた。爆風に片耳をやられて、めまいが起こる。
「あら、はずしちゃったわ」
 そう言うと、いつみはまた手を差しのばす。その手を祥はぐっとつかんで下ろさせた。
「おい、お前。もうわかっただろう。あんたの気持ちはわからんではないが、気を静めて聞いてくれ。あんたにはそんなつもりはないだろうが、お前の弥無が土地を汚し、それが人を襲うんだ。腹が立つことなんか世の中にはあふれるくらいあるだろうけど、一度立ち止まって考えるっていうかだなあ…」
 祥は頭を掻きながら必死で言葉を探す。
「何を言ってるの、祥。この女はね、全部分かったうえでやってるのよ」
 祥の手を振りほどきながらいつみが言った。
「この女は弥無の操り方をよく知ってる。浄化役は思いを言葉にして具現化しないと弥無を操れないでしょう。でもこの女は、言葉なんか発さなくても弥無を操れるし、しかも操る弥無の質も量も半端なものではないのよ。そしてこいつはそれを効率よく、人を攻撃するのに使っている」
 言われてみれば、今までの彼女の攻撃は効率的だし、狙いがしぼれすぎている。
「だから、もう二度と弥無を操れないような体にしてやるしかないのよ」
 なにやら恐ろしいセリフを吐いて、いつみはまた手を構える。
「ちょ、ちょおっと待てよ。」
 あわてた祥がなんとか怜子をなだめようとする。いつみをなだめる自信はないから。
「おい、あんた、ここは引き下がってくれ。もうずいぶんやったし、気も晴れただろう? もうこんなことはしないってここで誓ってくれればいい。大体そんなことやってたら、死んだお父さんに顔向けできないぞ」
 祥のその言葉をきいた瞬間、怜子の体中の血が逆流し、頭に上がってきた。
「勝手なことを言うな!」
 突然大声で叫ばれ、祥は黙り込んだ。
「どいつもこいつも分かったような口をききやがって! 父さんのことも、兄さんのこともよく知らないくせに勝手に決めつけて好き勝手なことを言うな! お前らの勝手な思い込みであたしがどれだけ苦しんできたと思う!」
 怜子を覆う弥無がどす黒く立ち込めはじめる。その迫力に祥は後ずさった。
「それこそ知ったこっちゃないわよ。あんたがどんなに苦しいかなんて分かりはしないわ。でもあんたは斎月を傷つけたから、私はあんたが憎い。ちなみにここにいる祥だって、ついさっきまであんたを殺すと息巻いてたくらいあんたが憎いのよ。ただちょっとヘタレだから、今は懐柔策にはしっていただけ。どう? これなら分かりやすいでしょう? 私はあんたになにかしてやりたくてたまらない。そしてどうやらあなた、さっき私を狙ってたようだから、私に何かしてやりたいんでしょう? だからいいじゃない。やりあいましょう。」
 いつみは自分の手に弥無を集中し始める。怜子は何の前触れもなく自分の弥無をいつみに向けて放った。
「防御!」
 たった一言叫んだだけで、いつみの周りの弥無は盾のように立ち上がり、怜子の弥無をはじき返す。飛び散った弥無の一部が祥の肌に舞い落ちて、ぴりぴりとするどい痛みを残した。
「すっげえ……」
 どちらの弥無も町会の適当な選出で決まった浄化役には扱えないような代物だった。
「祥、もっと下がってたほうがいいんじゃねえか?」
 浦江の神が祥にアドバイスするが、祥は動かなかった。祥だって部外者ではない。それに、女の子二人が戦ってるのに逃げ出すのは、男としてのプライドが許さなかった。
作品名:町内会附浄化役 作家名:つばな