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町内会附浄化役

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7 さんざんな休日


 そろそろ夏祭りも近付いてきた。週末だけだった神楽舞の練習も毎日になった。町内会の集会も夏祭りについての決定事項が多すぎて、他の議題が滞っている。斎月はその全てに参加しなければならないが、もうあまり文句を言わない。正直に言って、最近夏祭りの準備がそんなにイヤじゃない。
「明日は久しぶりに町会の仕事何もないんだー」
 浄化役全体の神楽舞の練習の後に智穏が言い出した。
「あ、私も明日何もないんですよー。ちょっとうれしい」
「……おれも」
 ぼそっと祥が言う。
「じゃあさー、三人でどっか行かない?」
 祥と斎月は、えっと叫んで一瞬黙った。
「……イヤ?」
「嫌じゃないですよ」
 祥は即答したが、斎月は少し言い淀んでしまった。
「いやいや、別にいいんだ、ちょっと言ってみただけだから。せっかくの休みだし、ゆっくりしたいよね」
 智穏はいつもの穏やかな笑顔のままだが、祥のいかにもがっかりした様子に、斎月は少し罪悪感を感じる。
「いやいや、私もどっか行きたいなーって。どこ行きたいかなーって考えてたんですよ」
 なんか必要以上に前向きの態度をとってしまう。
「そう、よかった」
 祥がじっと斎月を見ている。なんだろう、彼がかわいそうだと思って話に乗ったのに、彼の思考を読み間違えたのか?

 日曜日に浄化役三人で遊園地。別にいいっちゃいいんだが、仕事のない日にまで同僚と会いたくない心理っていうのが世の中にはあって、今それが斎月を苛んでいる。
「わお! オレジェットコースター乗りたい」
 智穏はなぜかテンションだだ上がりだ。
「あたし、結構ジェットコースター苦手なんだな…」
「ええ!? そうなの?」
  智穏が大げさに驚く。
「じゃあ、乗れないね……」
 急にしゅんとする智穏に、斎月は慌てて言う。
「いや、別に私は気にせず二人で乗ってきてくださいよ!」
「えー、でも男二人でっていうのもなー」
「……え、そうかな」
 不満げな智穏に対して、祥は二人でもオーケイらしい。
「全然男二人でも大丈夫でしょ。行ってきてください! 下から見てますから」
「そう??じゃあ、遠慮なく行っちゃおうかあ、祥」
 なんか、やっぱりこの人らめんどくさい。楽しそうに二人でジェットコースターに向かう二人に一応作り笑いで手を振る。最初からお前ら二人で来れば良かったんじゃないの?? 男二人で遊園地来てたら変だからって理由で、斎月を連れて来たとしか思えない。めっちゃ迷惑。
 二人がジェットコースターの中に消えるのを見送って、斎月は小さくため息をつく。でも、遊園地という場所は休日に訪れるのには悪い場所ではない。ここに集う人たちは、基本的に悪意をもたないので、ここには悪い弥無が溜まらないのだ。あまり遊園地行きに乗り気でなかった斎月でも、少し心が浮き立ってくる、そういう独特の弥無が遊園地にはただよっていた。
 やがてベルが鳴り響き、ジェットコースターが動きだす。ゆっくりと上っていくコースターの先頭の席を二人はゲットしていた。智穏が満面の笑みで斎月に手を振っている。つられて斎月も思わず笑顔で手を振った。祥は夢中になってどんどん下がっていく地面と景色を眺めていた。まあ、いいか。これ断ってたとしたって、家でぼーっとしてるだけだしな。
「なんで金を払ってまで恐い思いをしたいんだ、理解に苦しむ」
 神様連中はそろって男二人の行動が謎らしい。
「まあ、スリルが楽しいんだよ。なんちゅーか、ある意味本能的に」
 斎月は分かるような分からんような説明を神様たちにしてあげた。
「そんなにスリルが欲しいなら猟りでもすればいい。食料も確保できるぞ」
「別に猟でなくとも、浄化役の仕事だって充分スリリングですよ」
「だーかーらー、そーゆー義務の付きまとうものじゃなくってぇ、純粋に楽しめるもので、しかも安全の保障されたものがいいのよ」
「安全が保障されてるのにスリルがあるのか?」
 神様連は一様に首をひねっている。
 ジェットコースターが落下をはじめた。悲鳴が上がる。ジェットコースターを取り巻く弥無はうずまきはじめる。それは別にケガレを呼ぶようなものではないが、もちろん清い弥無でもない。それは一種のカオスで、善とか悪とか、そういった軸にはあてはまらないもの、人間の感情そのものといった感じの色をしていた。
 なぜか斎月はそのうずまく弥無を見入られたように見つめていた。それはとても魅力的な感じがして、目が離せなくなったのだ。
「斎月! 斎月!」
 急に御幣島の神に緊迫した声で名前を呼ばれて、斎月ははっとした。
「弥無を読んでみろ」
 言われるまでもなく、斎月は弥無の異変を感じた。遊園地らしくない、うずまく複雑な弥無。その弥無の感じを斎月は知っていた。もう何度も感じたあの弥無だ。
「怜子ちゃん……」
 斎月は体をめぐらしてみたが、弥無の流れている方向は分からない。
「どこにいるの?」
 神様たちも緊張して周りを見渡しているが、ただよい出てくる弥無はとらえどころがない。しかしうずまく弥無はどんどん大きくなり、辺りに立ち込めていく。ジェットコースターに乗り込んでいる二人の浄化役は、もちろんそれどころではなく、異常な弥無を感じてはいない。斎月が何とかするしかないのだ。
「どうしよう……」
 御幣島の神はじっと目を凝らして、弥無を見つめている。
「見ろ、だんだん固まっていく」
 それはだんだん形を整えていくが、色々な場所を移動してとどまらない。
「いいから、とりあえず浄化しろ!」
 浄化しろったって、どこに向かって放てばいいのか分かんないよ!
「ええーっと、…みんなが楽しい思いをしてるのに、水を差すようなことをするのはよくないな」
 そこまで言ったところで、斎月はふと思った。この楽しげな空間の中で怜子ちゃんはこんなに沈んだ気持ちでいるのだろうか。そう思うと斎月は急に言葉が出てこなくなった。こんな言葉は怜子の弥無には届かないという気がした。
「どうしたんだ、斎月! 早く弥無を清めろ」
 黒々とした弥無はどんどん固まって、重く垂れ込めていく。斎月はその真ん中で立ち尽くしていた。弥無のかたまりはしばらくただよった後、突然ジェットコースターに向かって勢いよく突き進んで行った。
「あぶない!!」
 悲鳴のような声を上げて、浦江の神と美津島の神がジェットコースターのほうに飛んでいったが、間に合わない。ジェットコースターの先頭部分で何かが光ったが、一瞬のことで斎月には何が起こったのか分からなかった。尚もジェットコースターにからまりつくようにしている弥無を見て斎月はやっと浄化の言葉を唱えなければならないことを思い出した。私が何とかしなければ!
「本当は私に言えることなんてない。そしてまだあなたと向き合うことにはおびえたまま。だけど誰かが傷つくのを見るのはもういやだし、誰かを傷つけるあなたを見るのもいや!」
 言ってるうちに気持ちが高ぶってきて、体が震えてきた。自分が悪いんだとしても、誰も悪くないのだとしても、もうたくさんなんだ、こんなのはもういやだ。
 大切なのは言葉じゃない。気持ちだ。
作品名:町内会附浄化役 作家名:つばな