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町内会附浄化役

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6 立ち向かう決意


 楽しいソフトクリーム屋から帰ると、なぜか御幣島の町会長がいた。玄関まで母親が走り出てきて心配顔だ。
「町会長来てるけど!!?」
「会長?? なんで?」
 靴を脱ぎながら聞き返すと、母親が耳もとでささやいた。
「あんた、なんかやらかしたんじゃないでしょうね」
「はあー!?」
 脳みそフル回転で考えるが、思い当たらない。うーん、気が重いなあ。

「さつきちゃん、ごめんね、突然」
 居間で居心地わるそうに坐っていた町会長の鈴木さんは、斎月を見ると、親しげに話しかけた。
「いえ、それはかまわないんですけど、どうしたんですか、一体」
 鈴木さんは、あまり表情を変えずに言った。
「実はね、さっき津久井さんが襲われたんだ。それで、どうやら……弥無のケガレによるものらしいんだ」
 ついさっきまで一緒にいたのに? 斎月はびっくりしてしまってしばらく声を失っていた。
「弥無のせいで?」
「うん……目撃者がいてね、何もないところで突然津久井さんが倒れたそうだ、なにかに突き倒されたみたいに」
 斎月は唇をかみしめた。
「その…この間も小川さんが襲われたばかりでしょう? 浄化役が変わったばかりだってこともあって……住民のみんなも不安を感じていてね」
 二人の間に沈黙が落ちる。つまり……わたしのせいって言いたいの?
「斎月ちゃんも浄化役になったばかりだし、夏祭りも近いしで大変だとは思うけど、やはり町内を守るのが浄化役の仕事だからね」
「……そうですね。すいません」
 うずまく思いを押しとどめて謝る。津久井さんが襲われてしまったのは事実だからだ。
「ともかくねえ、弥無による事件がこれ以上おきないように、斎月ちゃんにはしっかりしてもらわないと」
 斎月は黙ってコーヒーから上る湯気を見ていた。

「なんで、ぶすっとしてんだ、斎月」
 御幣島の神は斎月の肩からぶらさがって、斎月の顔を覗き込む。
「べつに」
 斎月は彼女に出る一番低い声で答えた。
「……なんだ、腹立ったのか、鈴木に。だったらそう言ってやればよかったのに。『ちゃんとやってるでしょ!』って」
 それが言えたら苦労はしない。
 嫌な思いをいっぱいしながら、祥につきあい、他の浄化役や町内会の人に気を使い、やるだけのことはやってる。それなのに、人が襲われたら全部私のせいだ。
 私だって、人が傷付くのはいやだ。だけど、それは私のせいなの?
「そもそもだなー、お前が俺を置いていかなければこんなことにはならなかったんだぞ」
「うっさいなあ!!」
 人間、本当のことを言われると腹が立つものだ。
「どうする? 津久井んとこ行くのやめるか?」
 やたらと気の立ってる斎月に、御幣島の神もあきれ顔だ。
「いや、行くわよ。だって…」
 急に落ち込んで斎月はつぶやいた。
「津久井さんには、本当に申し訳ないもの」

 津久井さんは斎月の顔を見ると、とても柔らかい笑顔になった。
「まあ、来てくれたんですか」
「津久井さん…大丈夫ですか?」
「ええ、大したことないんですよ、ちょっと右腕を骨折してしまって…でも他はすり傷ぐらいですから」
「津久井さん、これ…」
持ってきた花束をおずおずと差し出す。
「まあ。わざわざどうもありがとう」
 本当にうれしそうに笑顔を見せる津久井さんを見ていたら斎月はなぜだかせつなくなってきた。
「本当にごめんなさい。わたしのせいです。津久井さんが弥無に襲われたのに、私! 何も出来なかった!」
 御幣島の神と離れていたせいで斎月は弥無の異常を感じることが出来なかったのだ。
「そんなこと言わないで、井上さん。あのね」
 秘密を打ち明けるような小さな声で津久井さんは言う。
「町会の仕事なんてね、適当にやるものなのよ」
「は?」
 斎月は意外なことを言われて、目をぱちくりさせた。津久井さんみたいなタイプは町会に命をかけているとばかり思っていたからだ。
「そりゃー浄化役ってすごい役目だけど、一生懸命やったからってなにかもらえるわけでもないし、適当でいいのよ」
 斎月は口の中で「でも……」と、もごもごさせていた。
「会長になにか言われた?」
 津久井さん、なかなかにするどい。
「そういえば、弥無って人の悪感情に反応するのよね」
「ええ、そうです」
「じゃあ、私の悪感情が弥無に悪影響を与えたのかもしれないわね、ごめんなさいね、井上さん」
「いや、それはないですよ!」
 弥無に悪影響を与える人間の感情は、どうやら外に向けての攻撃の気持ちであることに斎月は気づいていた。
「あなたは精一杯やってるわ。私はあなたのこと尊敬してる。だから、たまには息を抜いて」
 津久井さんはそう言うと片目をつむってみせた。その様子はチャーミングでとても四十代には見えなかった。

「私のせいだわ」
 いつみはひどく落ち込んでいた。両腕に御幣島の神をかき抱き、ご機嫌とりに余念がない。
「ごめんなさいね、斎月。私があなたと御幣島の神を引き離したばかりにこんなことになってしまったんだわ。御幣島の神もごめんなさい」
「そもそもだなー、いつみは弥無の異常を感じなかったわけ? 『神に愛された少女』の名が泣くな」
 機嫌を損ねている御幣島の神はそっぽを向きながら言う。
「それが感じなかったの。あんまりにも楽しすぎたのかしら……」
 それは、私といて楽しかったってこと? いつみちゃん!
「いやー、いつみちゃん! わたしもう、ふっきったから! いつみちゃんも気にすることないよ!」
 斎月が気合いを入れた声でそう言うと、いつみと御幣島の神は意外そうに斎月を見つめた。
「……えらく切り換えが早いのね」
「いやー、なんちゅうか、ともかくふっきった! その上でまじめにやっていきたいと思いマス! 適当に!」
 いつみは少しまゆげを下げてしばらく御幣島の神をいじくりまわしていた。
「あんまり意味が分からないけれど、まあ、いいわ。なんだ、心配して損した」
「……心配してくれてたの」
 いつみはそれには返事をせずに御幣島の神をいじくりまわすのに夢中だ。
「でもどうするの? このまま御幣島でだけ弥無絡みの事件が起き続けたら、あなたへの風当たりは強くなるばかりよ」
「はっきり言って、犯人の見当はついてるわけだから、あとは私が逃げなきゃいいってだけよ」
 御幣島の神はいつみの手を逃れて斎月の肩に飛び乗った。必死に毛づくろいを始める。
「そう。もう逃げるのはやめるの」
 いつみはそう言うと、まぶしそうに目を細めた。

 怜子の家は何度も引っ越しをした。だから、今の怜子の家は、かつて斎月が何度も通った場所とは違う。怜子の今の家は二階建ての文化住宅で、その二階の一角が彼女の家だった。
 覚悟を決めたとは言え、怜子と正面切って対峙するのだと思うと斎月は緊張した。手の先から血の気が引いて、あまり感覚がない。斎月は怜子の家の周りを三回まわってから呼び鈴を押した。
「あら、斎月ちゃん!?」
 怜子の母は歳をとったような気がした。あんなに楽しげに笑う人だったのに、今の笑顔はどこか引きつったようだった。斎月はなぜだか怜子の家に上がるのが恐くなってしまって、怜子を誘って近くの公園まで行くことにした。
作品名:町内会附浄化役 作家名:つばな