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ひざむらい
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novelistID. 15984
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ファンレター

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これは、水沼健吾という中年俳優の元に寄せられた一通のファンレターから始まる、奇妙な手紙のやり取りである。


水沼健吾様
 
はじめまして。私は大橋信子と申します。水沼様の大ファンなのです。
これまでも、何度かお手紙を差し上げようかと思いまして、筆を取ったりしましたが、何を書いていいやら考えていると、あらぬ妄想に取り付かれてしまいましたので、自分でも赤面してしまい、何も書くことができなくなってしまいました。しかし、今日こそは勇気を奮い立たせて、なんとかこのお手紙を最後まで書き上げたいと思っています。どうか最後までお読みになってくださいませ。しかし、今でこそ水沼様の大ファンで御座いますが、初めて水沼様を拝見させていただいた時は、本当に驚いてしまいました。開いた口が塞がらないとは、こういうことを言うのでございましょうか。水沼様を初めて拝見したのは、「すっきり解決、悩み相談」というテレビ番組でした。その番組は、司会者と毎週ゲストで出演されているかたとで、一般の人からの悩み相談を受けるといったものだったと存じます。水沼様はゲスト出演されていました。悩み相談をした人はどこやらの主婦の人で、夫が家庭を顧みないで浮気をして困っている、しかし離婚を許可してくれないのでどうしましょうという悩みだったかと思います。そこで水沼様、何を仰ったか覚えていらっしゃいますか。水沼様は腕組みをしたまま神妙な顔をして、「地の果てまで逃げなさい」と言ったのです。その時の私の気持ちが水沼様にお分かりでしょうか。話し合って解決することが一番だと私は思いますし、何の非もないのにどうして逃げないといけないのでしょう。水沼様がゲストの時に相談した、このどこやらの主婦はかわいそうだと思いました。司会者は何て言っていいのかわからずに頗る狼狽し、相談した主婦の方に至っては、口を阿呆のようにぽかんと開けていました。水沼様の発言で、場の空気が暗く澱んでしまったのです。しかし、あれはきっと水沼様は何て答えていいのかわからないけど、でも何か答えなければいけない、あぁどうしようと思った矢先、あんなへんてこりんな回答をなさったんだと思います。水沼様は頭があまりよろしくないようなので、すぐに名案が浮かばなかったんですね。あ、馬鹿にしているわけではありませんよ。水沼様を馬鹿になんて私がするわけありませんもの。水沼様はなんだか愛嬌があって可愛く思います。あら、私ごときが可愛いだなんてごめんなさい。でも、そう思ってしまうのです。水沼様、お許しくださいませ。それ以来、水沼様が出演されているテレビを観るようになりました。水沼様は、よく時代劇にお出になってらっしゃいますね。私はあまり時代劇は好きではないのですが、水沼様がお出になっていらっしゃるので、我慢して観るように致しました。率直に申し上げますと、笑ってしまうくらい、水沼様は演技が下手糞で御座います。こんな下手糞な俳優がいるなんて、日本の芸能界も世の末だと感じました。素人の私の方が演技が上手ではないかとさえ思いました。あの、取ってつけたような台詞はなんなんでしょうか。ぎこちないし、なんだか下品です。人を馬鹿にしています。あぁいやらしいしおぞましい。でも、私にはわかりました。本当は時代劇なんて出演したくないのに、水沼様は人が良いので断りきれずに嫌々出演したのですね。あの下手糞な演技の中からそれがわかります。そう思うと、水沼様の下手糞な演技にも愛嬌を感じるようになって、毎回観るのが楽しみになってきました。何度やってもちっとも上手にならないのは、才能がないのじゃなくて、やる気がないのですよね。あの下手糞な演技も水沼様のウリの一つになっていくことと存じます。それからそれから、あぁ、水沼様のことを書こうと思うと、たくさんありすぎて困ってしまいます。そうそう、水沼様、調子に乗って本なんてお書きになりましたね。その噂は私の耳にも入ってきましたので、早速書店へ行きました。本屋で水沼様の著書「俳優とはなんぞや」を探したのですが、一向に見つからなかったのです。これはおかしい、おかしいに決まっていると、私は本屋で暇そうにしている店員をつかまえて問いただしてみましたが、知らないと言うのです。これはおかしい、世の中狂っていると、私は半狂乱のように町中の本屋を探し回りました。私は水沼様のこととなると、気が狂いそうになってしまいます。そんな苦労の甲斐があってか、ようやく大手の書店で一冊だけ見つけました。新刊なのに、他の古い本に混じっておいてありました。私は嬉々としてその本を取り、購入させていただきました。家に帰って早速読んでみたのですが、読み終わった後の読後感というのが、なんとも言えないような真っ白な状態でした。つまり、読む前と何ら変わらないと言いますか、一体何が書いてあったのかさっぱりわからないのです。
回りくどい言い方は止めて、率直に言えば、ちっとも面白くありませんでした。私は悲しくなってきて、涙が出てきました。悔しいのでもう一度読んでみたのですが、もう文章がなっちゃいない、小学生が書いた方がよほど上手ではないかと思いました。あまりにも読みにくいので、内容なんてさっぱりわかりません。水沼様、一体あの本には何が書いてあったのでしょうか。またいつか、テレビにご出演されたときにでも教えていただければ幸いです。私は水沼様の全て理解したいのです。私のささやかな希望を叶えてくださりますよう、お願い申し上げます。
随分長くなってしまいました。他にももっともっと書きたいことがあるのですが、これ以上書くと、熱烈さを通り越し、まるで崇拝でもしているように思われそうなので、いや、実際はそれに近いのですが、そう思われては私も赤面してしまいますので、この辺にしておきたいと思います。
これからも水沼様のご健勝とご活躍を、心よりお祈り申し上げます。

大橋信子
     
作品名:ファンレター 作家名:ひざむらい