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赤い瞳で(以下略) ep1-2

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病院中、ぴりぴりしていた。何せ、一夜で人が二人も殺されたのだ。
 病院だから、死体など珍しくもないだろうが、殺人死体だ。勝手が違うだろうし、何と言っても気味が悪いだろう。
 いや……、人として当然の感情を持っている人間なら、気味が悪い以前に、『恐怖』というものを抱くのだろう。
『殺人』という行為に対する恐怖。
『殺人者』という見えざる者への恐怖。
 そして何よりも、『殺人が行われた』という事実に対する恐怖。
 だからだろうか。
 病院中が、重苦しい雰囲気に包まれていた。
 俺は勿論警察への対応に追われていた。しかし、必要事項を全て供述してしまうと、突然暇になってしまったのだった。まあ、冷静にしすぎているとかえって怪しまれてしまいそうだったので(なにせ俺は、トイレに行くとか言っておきながら、その前を通り過ぎ、何の用事もないはずの給湯室まで足を伸ばした人間だったから)、普段どおり、『更衣雨夜』を演じたのだったが。
――本当に、驚きました。一瞬眠ってるのかと思ったくらいですから……。
 嘘だ。
 それも、ついた本人がいやになるほど、善人ぶった、嘘。
 確かに、被害者は二人とも、眠っているのと間違うほど安らかな死に顔をしてはいたが……、俺は別段、それに驚いたわけではない。どちらかと言えば、人が死んでいるのに驚かない自分に対しての驚きの方が大きかった。成程『病気』というのは、死人に対しても通用するのだな、と、冷静に分析している自分に対する、驚きの方が。
 さて。
 被害者は二人。二人とも、死因は失血死。ま、そんなところだろう。
 看護師の方の名前は、桜坂花弁(さくらざか はなびら)。二十五歳、子供好きで良く働く、患者にも仲間内にも評判の良い女性だったそうだ。怨恨の線も、金や情事のもつれなども、今のところなさそうだということだ。
 そして、彼女に庇われながらも命を奪われた少年の名は、宇押友二(うのし ともに)。若干十二歳にして、この世を去った。彼も勿論、殺されるような何かがあったわけではない。十二歳でそんなものを背負っているはずが無いのである。
 そんなわけで、警察は通り魔的犯行と見ているようだが、まさか夜中に病院外部から侵入できるわけもないので、昼間のうちにどこかから忍び込んでいたのだろうという考えが主のようだった。
『ま、そう心配しないでください。犯人は、多分もうここにはいないですし。……ね?』
 そんな馬鹿なことをほざいた阿呆刑事の名は、確か――……。
 何だっけ。
 まあ良いか。とにかく、警察はただの通り魔と見ているようで、儀礼的な調査を終えると、とっとと帰ってしまった。まったく、適当な刑事だった。何でも、今丁度街中でナイフ通り魔が流行っているようで、そちらの方と一緒くたにされてしまったらしい。
「あのー……更衣さん、大丈夫ですか」
 ぼーっとしていた俺を気遣って、アラタ君は心配そうだ。見舞いに来ていた彼の妹、雪花も、俺を不安そうに見つめている。
――ん、大丈夫。なんかちょっと、釈然としなくてね。……そんな顔するなよ、アラタ君。
「でも……、やっぱり、死体、見たわけですし。……ショック、ですよね」
――ん……。
 別に、死体を見たのは二度目だし、一度目の方がショック大きかったし。大してそのことについては、何の感慨も抱きはしなかったのだが。……そうか。アラタ君のような少年は、そういったことに対して弱いのが、普通なのか――。
「お兄ちゃん、ケーサツの人、どうしてもう帰っちゃったの? 犯人とか、捕まえなくて、いいのかな?」
 雪花が、不思議そうにアラタ君に聞く。
「ああ……えっとね、この病院内には、もういないって思ったんだよ。それに、きっと本当に、もう犯人はいないよ」
「本当?」
「うん。だから、雪花もそんなに心配しないで」
「うん……」
 兄妹間のやり取りを、俺は黙って聞いていた。いや、
 聞いていなかった。
 とても。
 とても、ひっかることがあった。
 妹の存在。
 この病院に居るという、俺の妹。
 あいつ、……疑われてたり、しないかな。
 でも、でも、……大丈夫、だろう。紅也が言っていたことが本当ならば、妹は病室から抜け出せないはずなのだ。でも――それでも、やはり。
 病院の人間は……。
「そういえば、今日――」
 不意に、アラタ君が声を上げた。
――え?
「あの、……紅也、さん……来てない、ですね」
――あ、……。
 確かに、あの悪魔は今日、見舞いに、来ていない。
作品名:赤い瞳で(以下略) ep1-2 作家名:tei