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本庄ましろ(公夏)
本庄ましろ(公夏)
novelistID. 5727
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Estate.

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Date 7/1


 一夏の間だけ。
 そういう契約で、俺は家を借りた。
 海が見えて、徒歩2分で砂浜に着く。そんな場所に建つボロ家だそうだ。
 そうだ、と伝聞系なのは、友人の友人のそのまた友人、といった具合に、かなり遠い相手から借り受けた家で、俺はまだ見たことがないからだ。
 ちなみに、伝を辿ってもらった友人には、面と向かってばかだと言われた。
 ……まぁ、否定のしようもない。完璧に、仰る通りである。
 その家に向かう途中の現在、その言葉を痛感していた。それはもう、いわんこっちゃない、と嘲笑う友人の顔が目に浮かぶほどに。
 何も、ない。
 なんの誇張もなく、背の高い草の間に道だけが延々と続いていた。最後に商店(コンビニですらなかった)を見かけてから、既にどれだけ歩いたか。一体、このあたりの住人はどのようにして生活しているのだろう。そもそも、人なんて住んでるのか、ここに。
 そんなことを思いながら、俺は黙々と歩いた。
 暑かった。
 熱い風が吹き抜ける。
 そして、いい加減気が遠くなり始めた頃、漸く俺は目的の家に辿り着いたのだった。
 家を見上げた俺は、妙に納得していた。
 ……これは、確かにボロ家だ。
 とはいえ、特に不満はない。
 “海のそばで、静かで、一人きりになれる場所”
 それが家を探してもらった際の条件だったのだから。
 ふと、家の隣に車が止まっているのに気づいた。
 ん?と思ってから、友人に言われていたことを思いだす。何か話があるとかで家の持ち主が待っているから、と。
「すいません」
 コン、と引き戸を叩いた。チャイムすらないからだ。
 ……いかにも昔ながらの家だ。
 そんなことを思っていると、不意に引き戸が開いた。
「はーい」
 中から顔を出したのは、俺と同じか、少しばかり下くらいの男だった。俺の姿を確認すると、彼は人懐こく笑った。
「幸野さんですよね。入って下さい、暑かったでしょう?」
 おじゃまします、とひとこと言って、俺は彼のあとについて家に上がりこんだ。
 外のボロ家具合からすると意外なほど、家の中は居心地がよさそうだった。彼は、俺を居間へ案内してくれる。
「迎えに行けなくてごめんなさい。掃除に思ったより手間取っちゃって。バス停からかなり歩いたでしょう?お茶入れるから、座ってて下さいね」
 そう言って椅子を指さし、彼は台所へ向かった。
 言われた通りかけようと椅子を引くと、すわり心地の良さそうな真新しいクッションが置かれていた。おそらく、これは彼が用意してくれたものなのだろう。
 この家は長く空き家になっていたと聞いている。それを考えると、この部屋だけでも、彼は様々なところに手を入れてくれたようだった。
「お待たせしました。麦茶で大丈夫ですか?」
「有難う御座います。すみません、気を使わせて」
「いいえ。じゃ、お茶も入ったし、改めて自己紹介します。はじめまして、この家の持ち主の間宮早季です」
 最初と同じ、人懐こい笑顔。
 素でこんな風に笑う人なのか、と今更ながらに驚いた。
「幸野真宏です。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします、幸野さん。あ、敬語とか、要らないですよ。俺たち、そんなに年も離れてないと思うし。俺のことも、サキって呼んでもらえたら嬉しいです」
 そう言って笑う表情は子供のようだった。
 真っ直ぐに育ってきた人間なんだろうと、すぐに想像がつく。
「あ、……っとと、いけない。話さないといけないことがあるんでした。これが本題なんですけど。あの、幸野さん、ここに来て、買い物とかどうするんだって思いませんでしたか?」
「あー……。……ええと、正直」 
 思わず苦笑い。
 正直なところを言えば、この家や立地に文句はないけれど、生活の不安はかなりある。
「だろうと思ったんです。だからね、頼まれれば俺が買い物とかしますから、って言おうと思って」
「え?」
「見てきたとおり、買い物するためには結構、っていうか、かなり出ないといけないんです。歩きじゃ、……まぁ、無理ではないんだろうけど、きついです。夏だし。これ、俺の電話番号です。大抵家で暇してるから、必要なものとかあれば言って下さい、買ってきます。車も、俺でよければ出しますから」
 サキは、番号を書いた紙を机の上に差し出した。
 俺は、その好意に慌てた。さすがに、そこまでさせるわけにはいかない。
「いや、そこまではさせられないって。歩いて買いに行くから大丈夫」
「いいんです。俺が好きでやることだから」
「でも……」
「ね、幸野さん」
 柔らかい声で、でも、有無を言わさずに、サキは俺の声を遮った。
「俺、この家にまた人が住んでくれるのが、嬉しいんです。この家、一応今は俺のってことになってるけど、本当はここ、俺のじいちゃんの家なんですよね」
 何が言いたいのか分からなかった俺は、ただ黙って頷いた。
「じいちゃんが生きてた頃は、よく俺もここに遊びに来てたんですけど、じいちゃんが死んでから、あんまり、来ることもなくなって。本当は、大人になったらここに住みたい、ってずっと思ってたんですけど、……やっぱり不便さには勝てなくて、今は町の方に住んでます。知ってました?人がいないと、……家って死んじゃうんですよ。だから、……この家に、もう一度人が住んでくれることが、嬉しいんです。だから、俺が出来ることは、一つでもやらせて欲しいなって思います。俺の、勝手です」
 サキは、少し寂しそうな色を浮かべた瞳で、真っ直ぐに俺を見ていた。
 すぐに分かる。この家は、サキにとって、とてもとても大切な場所なのだ。
 逡巡する。
 俺は、一人きりになりたくてこの場所に来た。自分以外誰もいない場所にいたくて、ここに来たのだ。
 けれど―――――。
 少しの間考えて、俺は答えを導き出した。
「……なぁ、サキ」
「はい」
「さっき、大抵家で暇してる、って言ってたよな?」
「え?あ、はい」
「それなら、俺がここで暮らす間、お前もここで一緒に暮らせばいいんじゃないのか」
 サキは、酷く驚いた顔をした。
 当たり前だ。自分ですら、こんなことを考えた自分に驚いているのだから。サキだって、まさかこんなことを言われるとは思いもしなかっただろう。
「まあ、不便かもしれないけど、それもひと夏だと思えばなんてことないだろうし。いちいち俺に呼び出されて買出しに行くよりよっぽど楽だろ、そのほうが」
「で、でも、迷惑でしょ?」
「迷惑だったらわざわざ自分から頼まれてもないことまで持ち出したりしないって。俺はそこまでお人好しじゃありません。そもそもここはお前の持ち物だし、お前が嫌でないなら俺はかまわないと思ってる。どうする?サキ」
 サキは黙って悩んでいた。
 俺も、何も言わない。
 そして、しばらくの沈黙のあと。
 顔をあげたサキは、照れたように微笑んだ。

 こうして、俺とサキの夏が始まった。
作品名:Estate. 作家名:本庄ましろ(公夏)