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VARIANTAS ACT 17 土曜の夜と日曜の朝

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Captur 3


 パーティーを抜け出したグラムは、人気の無いパーキングスペースに車を停め、シートベルトを外して溜息をついた。
 
 ――仲間なんて言葉が出るなんて。

 彼女が彼に言った言葉。
 思い出させてくれた人がいた。


[西暦2185年10月1日 イタリア南部機甲軍団第二軍司令部 カンパニア地区旧市街の北500km 4年前]
「戦争はもう終わった筈です」
 グラムはそう言って、軍服の男を睨み付けた。
 かつての上官。ケスティウス=ガルス。
「緊急事態なのだ。何も言わずに乗ってくれ」
「嫌です」
「勘違いするな、ミラーズ。これは命令だ」
「命令でも従う気はありません。私はもうあなたの部下ではないんですから」
「私はお前を除隊した覚えは無い。お前が勝手に姿を消しただけだ。お前はまだ私の部下だ。勝手にどこかへ行く事も、お前の力を腐らせる事も、私が許さん」
「だからと言って、強襲班を遣す事はないでしょう」
「そうでもしなければお前が姿を見せないからだ」
「今度も銃で脅して乗せる気ですか?」
「部分洗脳で人形にしてやってもいいが、そんな事をしている時間も無い」
 グラムは部屋の天井を見上げて溜息をつく。
 取調室の天井は低く、息の詰まるような薄暗さだ。
「で、この脱走兵に何をさせたいんです?」
「カンパニア地区の開放と武装解除だ」
「その為だけに私を?」
「一週間前、カンパニア地区へ向かった中央視察隊が消息を絶った。直ぐにイーグルアイを送ったが、視察隊は発見できず、戦闘の痕跡も無かった」
「集団失踪…。賊の可能性は?」
「ゲリラの可能性を考慮し、第58機装特戦隊から105、106、107の三個小隊を送り込んだが未帰還。三騎の第一から機動装甲一個小隊を投入。そしてこれも未帰還。だが、これは収穫が有った。唯一一人の帰還者が口にしたそうだ。『ファントム』と…」
 グラムの顔が凍り付いた。
 ただでさえも縁起の悪い、古戦場・カンパニア。
 かつて四つの軍閥が鎬を削り、市街地戦のモデル地区とも言われたそこは、血で血を洗う殺戮の場だった。
 スナイパー同士が肉眼で撃ち合い、対戦車ミサイルが飛び交い、迫撃砲弾が降り注ぎ、歩兵戦闘車は機関砲身が焼き付くまで撃ち続け、兵は熱病に罹った様に殺しあい、擱座した機動装甲パイロット同士の白兵戦すら起きていた。
 死体はすぐに腐敗を始め、噎せ返すような悪臭に満たされたと言う。
 砂漠化した郊外から風で運ばれてくる砂は深いところでは10m近くまで街を埋め、砂の下には無数の残骸と骸を隠している。
 そのせいか、戦中から幽霊の類の噂が絶えない、カンパニア。
 しかし誰も、本物の“亡霊”と遭遇するとは、夢にも思わなかっただろう。
「ISAFは?」
「軍閥との交戦で手一杯だ」
「爆撃で市街地区ごと吹き飛ばしてしまっては?」
「カンパニア市街地区は多層建築物と地下構造物の廃墟が、珍しくも数多く残っている。爆撃してもBDAが困難だ。それに、そのようなハードな手口はもう試した」
「どうでした?」
「爆装したHMA2機が撃ち落とされた」
 正に泥沼、暖簾に手押し、進むも地獄、退くも地獄。
 でも、どうやら地獄には一人で行かせたいらしい。
「HMAもダメ、機装部隊もダメ、爆撃も砲撃もダメ。それで私ですか…」
「そうだ。…出撃は24時間後。当日は高度な電子戦術が必要となるため、前線管制官が付く。コールサインは“Oscar” 階級も戦時最終階級に戻してやる」
「嫌と言ったら?」
「乗るさ。お前は必ず乗る」
「何故?」
「“何故”…だと?」
 二人の間を、沈黙が支配する。
 不気味で長い沈黙が。
 グラムの脳裏をかすめる既視感。
 目の前にいる軍服の男。
 機動装甲。
 それに続く衝撃、振動。これは爆風?
 私はこの風景を、既に見ている?


 ――24時間後。

 大型輸送機スペクターが、彼の機体を高度70000ftまで押し上げる。
 周囲に雲は無く、雲は輸送機の遥か下方に海のように広がっている。灰色の雲の海。対して上方は、濃い群青の空が広がっていて、空と雲の境目は、まるで無限の距離を感じさせるように全方位に広がっている。
 高高度からのHALO降下。
 成層圏内を運ばれる機体の中、彼はコンソールを見ながら操縦桿を握る手に弛緩と緊張を繰り返し、静かに息を吐いた。
 コンソールに表示される外部兵装のコンディション。
 彼の脳裏に、出撃前の記憶がリフレーンする。 

「対ゲリラ戦を想定して、装甲は下肢部に集中。関節胞と座金は軽合金のワンオフ。トルクは落ちとるが駆動レスポンスは上がっとる。頭部は改良型IDMとRFI/FLIRユニット。機能は高いがECCMは望めんよ」
 h1AVの前に立つグラムに、初老の技術者がそう言った。
「武装は?」
「左腕に25mmガトリング機関砲、右腕に70mmロケット弾ランチャー。両肩部には三連Sマイン発射機。所謂人狩り用だな」
「動きにくい。装甲は要所のみにしてくれ」
「おいおい、それじゃあ他の装甲は要らないって言うのか?」
「当たらなければどうって事は無い。こっちは?」
「空力カウルと大出力ロケットブースターその他諸々。コレを機体に貼っ付けて敵地深くまで一気に入り込むって代物だ」
「深深度侵入パック…。完成していたのか…」
「アンタが乗るって知った若者連中が古い資料引っ張り出して徹夜で作り上げたんだ。使い捨てで高コスト。お前さんの為じゃなきゃ製造許可は下りなかっただろうな」
 機体を見上げるグラム。
 機体の肩には、炎のエンブレムが刻まれていた。


「こちらOscar、Romeo聞こえますか?」
 機体に“Oscar”からのコールが入り、音声通信が始まる。
 若い女の声だった。
 無色な、抑揚の無い声。
「こちらRomeo、感度良好」
「現在Oscarは管制官としてRomeoと双方向で接続しています。偵察衛星と、そちらから送信されるあらゆるデータは、こちらで解析、Romeoに返信します。ただし、通信衛星を用いた超長距離通信の為、コンマ数秒のタイムラグが生じる事を念頭に置いて下さい。何かご質問は?」
「名前は?」
「はい?」
「背中を任せるんだ。名前くらい教えてくれてもいいだろう?」
 暫くの沈黙を置いて。
「名前は有りません」
「何?」
 訳を聞こうとしたその時、スペクターからのコールが入った。
「飛行禁止空域到達120秒前。空域は晴天。機体射出用意。機体射出後、当機は空域を離脱。幸運を祈る」
「こちらRomeo、了解。降下体勢に入る」
 スペクターはリアハッチを開き、機体を傾斜。
 コンソールにカウントが表示される。
 機体機動制御のコントロールパネルを呼び出して、重力制御装置を高度1000ftにセット。
「こちらOscar、射出タイミングはそちらに任せます」
「了解」
 彼は三回短く呼吸し、四回目で深呼吸。
 顎を引き、操縦桿をにぎりしめる。
「カウント3で降下。3…2…1…」
 ロックの解除された機体がスペクターの傾斜角に沿ってカーゴから滑り落ちる。
 スペクターは直ぐさま反転、空域を離脱。