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製作に関する報告書

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『会社がすでに二期連続赤字である。さらには、三期連続で赤字になるとTYOからの援助を止められる。援助を止められた会社は清算の憂き目にあう』
 
ことをようやく知ります。さらには、TYOの決算が九月決算から七月決算に変更になったことも知ります。どういうことかと言えば、デッドラインが二ヶ月早まったということでありました。FDJの市川氏によれば、メモオフ6の発売は七月とそういうことでした。決算は七月。作品の発売は七月。まさにぎりぎりであります(注・作品に関しては金銭の入金ではなく、受注本数が決まればそれでよいということでした。現金を手にしなくても、注文があればそのカウントを実売ということで帳簿上認めてもらえるということなのです。ただ私はそのようなやり方は感心しないことであると思います。金は握ってこその金です)。
 
そして、TYOの一月の中間期決算発表によれば5pb.は三期目上半期も大赤字だということでした。
 
1期 前期 音楽部門と風俗部門 赤字  後期 音楽部門と風俗部門 赤字
2期 前期 音楽部門と風俗部門 赤字  後期 2部門に加えてゲーム部門増設 赤字
3期 前期 3部門 赤字
  
二期と半分で連続赤字。FDJの市川氏たちは、残りの半期、つまり、2008年の一月から七月までの六ヶ月間の間に、前期の赤字を解消しなければならなくなっていたのです。ですが、読者の皆さんはご存知であるかもしれませんが、5pb.のゲーム部門は、壮絶なイモ引きを演じていました。ウミショー、メモリーズオフ・ユアなどは驚くほど悲惨なセールスであり、もはや手のうちようというものがありませんでした。FDJの市川氏は女性向けのユアの声優イベントなどをやって悦に入っていたようですが、二千五百本しか売れない作品のためにな大々的なイベントを開いて散財することに意味があったのか。ナイトウィザードであるとかもぱっとしなかったようですしね。また、KIDの残党となる部門とは別に5pb.にはDivision2という別のプロデューサーに率いられた分派があったのですが、こちらも製作していたシューティングゲームの開発が頓挫するなど、状況は危機的だったのです(私はこちらの分派のことはよく存じ上げません。ただ、ゲームの移植をするためいろいろと動き回っていたということでした)。そうこうしているうちにFDJの市川氏から、私のところに電話連絡が来ました。
それは、
 
『新しいゲームをつくることになった。飛行機の作品で、ファンタジーっぽいものを作ろうと思っている』
 
ということで、私にスタッフとして参加してくれと、そのような話でした。私は、その場で『病気ですから』と即座にお断りしました。
 
『柴田達メモオフ班とは関係ないラインで』
 
とも言われましたが、問題がそこではないことを私はすでに知っていました。いったい、何故FDJの市川氏が私を呼び戻そうとしたのか分かりません。社内で何があったか存じ上げませんが、私にはもはやどうでもよいことでした。彼は、本当にしなければならない連絡はしないが、自分に都合の良い連絡はしてくるというそういう人物だとすでに私も見切っていましたから。

私としては、5pb.の人々とは関係を絶たないといけない、さもなければこちらも共倒れになると思っていました。傷んだ組織、破滅する組織との提携はなるべく早く切り飛ばすのがよい。悪い風がこちらにも入ってきてしまう。
 
『悪い友達と付き合っている』
 
という悪名はとても危険なものだと私は知っていますから。ですが、私には関係を断つ意思があっても、あちらにはそのような意思はさらさらにない。本当に不愉快な人々というものはどこまでも不愉快なことをするものです。
 
私は、確約書の中で、シナリオもプロットも全て破棄をするように求めました。私は当然ですが、その段階では5pb.の内情を知りませんでしたから、それほど時間を遅らせることが出来るのであれば、二年でも三年でもかけて、柴田氏やグラフィックチーフの相澤氏が気に入る作品を一から作れば良いと思っていました。またそれができるのだろうと思っていましたし、そうなければいけないとも考えていました。私が残していくシナリオなりプロットなりを流用すれば、それは、結局、柴田氏たちに逃げる口実をつくることになってしまいます。仮に作品が売れなければ、柴田氏も、また相澤氏、輿水氏たちはこう言うことは分かりきっていました。
 
『シナリオ(つまり、私ですね)が悪い。あいつが現場を混乱させたからこういう結果になった。俺たちの実力はこんなものではない』
 
でもそれではいけない。柴田氏を含む現場の人間は自分たちの才能がどれぐらいで、どれぐらいの人がメモオフを待っていて、自分たちの業界での存在価値が本当のところどれだけなのかということをはっきりと認識しなければならない。会社を潰した自分たちがどれぐらいの運とツキを持っているのか、もっと言えば、作品作りに自分たちがこれまでのように携わっていて良いのか、天意を問う必要があったと思うのです。ですが、彼らはそうしなかった。

あるいは彼らは、
 
『どうせ作っちまえば、向こう(私ですね)もがたがた言わないだろう』
 
とタカを括っていたのかもしれません。それはそれでいいのですが、問題は、私ではなく、市川氏を含めて5pb.のこれからが危うくなるということだったのです。困るのは結局自分。私ではありません。私はですから、余計なお世話とは知りつつ、五月に入ってからですが5pb.の人々と面談を求めました。違約をなじるつもりもありましたが、私は本当のことを知りたかったですから。
 
 16
 
私は中目黒にある会社に乗り込み市川氏と柴田氏と会いました。柴田氏はいつものように遅刻をしましたが、私は市川氏を強いて柴田氏を力尽くで呼び出しました。とにかく、会見の場所に柴田氏を引きずり出すということを私は決めていましたし、それは彼の不穏当な発言がすべての原因であれば当然の成り行きだというのが私の考えでしたから。それに私には事実を絶対につかんで帰るという意志がありました。FDJの市川氏は私に対して、
 
『名前の件で我々が不手際だったことは非常に済まなく思っている』
 
と言っていましたが、私はすでにそのことはどうでもいいと思っていました。状況はすでにそのようなレベルのものではないですし。また、私が作って残して行ったプロットの多くを流用した部分については、
 
『あとでシナリオを送って、気に入らないところは言ってくれ、削るから』
 
とも言っておられたようですが、これももはやどうでもいいことでした。普通であれば、そういうことは私が言い出す前に、市川氏のほうから申し出るべきことだとは思いましたが。すべてに泥縄。誠実さのかけらもない。殴った相手でも、口先で謝れば適当にごまかせると考えている点で、FDJの市川氏はきわめて愚かな人であったと思います。そして私のほうはといえば別の点について確認しておきたかったのです。それは、
 
『5pb.はどうなるのか。メモオフという作品はどうなってしまうのか。社員の人々はどうなってしまうのか』
 
作品名:製作に関する報告書 作家名:黄支亮