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深川ひろみ
深川ひろみ
novelistID. 14507
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小説 ティベリウス -ローマ帝国 孤高の守護神-

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 ドゥルーススよりも三歳年長のルキウスの声は、やや甲高いものに響いた。「乾杯」の唱和と共に、ドゥルーススはしきたり通り床に少しぶどう酒をこぼしてから―――地母神に捧げるためだ―――その杯を干した。

          ☆

「皆に聞いて欲しいことがある。食べながらで構わない」
 豚の丸焼きや鹿の腿肉、羊の腎臓といったメインディッシュが並べられたのを機に、アウグストゥスはそう言って注意を促した。一同はアウグストゥスに目を向ける。ドゥルーススはちょっと緊張した。宴が始まる前、アウグストゥスはドゥルーススにもったいぶった調子で「後で重大発表があるぞ」と言ったのだ。この気さくな第一人者は、継子ティベリウスが自分を裏切った後も、その息子であるドゥルーススを変わりなく家族の一員として扱ってくれている。
 傍らにいたゲルマニクスは、「きっと成人式のことだぜ」とドゥルーススに囁いた。ドゥルーススは首からさげた子供用のお護り(ブッラ)に触れた。ドゥルーススはこの秋で十四歳になる。成人式は十四歳から十七歳の間に行われるのが通例だから、そうかもしれない。成人式では、ドゥルーススが今身につけている緋色の縁取りのついた子供用の長衣(トガ・プラエクスタ)とお護りを一家の守護霊に奉納し、代わって大人用の白い長衣(トガ)を身につけるようになる。ゲルマニクスは昨年には成人式を済ませていた。
「現在東方において、非常に困難な任務を遂行中の、わたしの最愛の孫、ガイウスから、二日前、わたしの許に手紙が届いた」
 アウグストゥスはゆったりと身にまとった長衣の懐から、パピルス紙に書かれた書簡を取り出した。ゆっくりとそれを広げ、一同を見渡してから、静かな声で朗読を始めた。
「ここ数年来、御身のご懸念となっている本件について、わたしなりの見解を申し上げます。以前、わたしは様々な点を考慮して、かの方のローマへのご帰還は許されるべきではないと判断いたしました。かくも慈悲深く偉大なる、わがローマの第一人者がお与え下さった神聖な任務を、不遜にも一身上の都合で拒絶し、更にはローマを捨てるという信じがたい愚行は、誇りあるローマ人として許されるべきではないと確信していたからにほかなりません。今でも、わたしはあなたの忠実な臣として、その愚かな行為を憎む気持ちに変わりはありません」
 アウグストゥスは、そこで少し咳払いをした。その音はかなり大きなものに響いた。室内は静まり返っている。全員がほとんど息を詰めるようにして、第一人者の声に耳を澄ませていたのだ。
「しかしながら」
 アウグストゥスは再び話し始める。
「わたしの大切な義弟ドゥルースス・クラウディウスの成人式を執り行うにあたり、ローマ屈指の名門クラウディウス一門の長であり、実の父君であるかの方のご臨席を拒むことは、かの方よりも、むしろドゥルースス、御身アウグストゥス、また慈愛深きリウィアのお心を苦しめるのではないかと危惧いたします。また、このような形で正式に帰国のお許しを請うてこられたお気持ちにも配慮し、わたしとしては御身の広い慈愛におすがりし、ティベリウス・クラウディウス・ネロ殿のローマへのご帰還をお許し下さいますよう、ここに伏して希(こいねが)う次第です」
 皆食い入るようにアウグストゥスを見つめていた。アウグストゥスは書面を元のようにたたみ、卓上に置いてから、室内を見渡す。
「ガイウスが許すと言うならば、わたしには反対する理由はない」
「アウグストゥス」
 リウィアは半身を起こし、夫の手をとる。
「こんな素晴らしい贈り物はないわ」
 アウグストゥスはやや仏頂面で言った。
「決めたのはわたしではない。ガイウスだ」
「勿論、ガイウスにはすぐ手紙を書くわ。でも、決断して下さったのはあなたよ。なんて素晴らしい日!」
「ドゥルースス」
 ゲルマニクスが小声で囁く。
「礼を言っとけよ」
 その言葉に、ドゥルーススはようやく我に返った。そう、ゲルマニクスはこんな時、本当によく気が回る。ドゥルーススとしては、喜びというよりも、圧倒的に戸惑いの方が大きかったのだが、やはりここは礼を言うべき場面だった。
「あの……アウグストゥス」
 ドゥルーススが呼びかけると、リウィアの身体を抱いていた―――もとい、抱きつかれていたアウグストゥスはドゥルーススを見た。ドゥルーススは長椅子から立ち上がり、アウグストゥスの元へ早足で歩み寄ると、その場に膝をつく。
「ありがとうございます」
 気のきかない台詞だったが、アウグストゥスは鷹揚に頬笑んでくれた。手で立つように促し、優しい声で言う。
「礼なら、そなたの義兄に言いなさい。あの男がローマを去った時、そなたはまだ六歳だった。恨みつらみも山ほどあろう。遠慮せず、思う存分ぶつけてやればよい。そなたにはその権利がある」
 「義兄」というのは、ガイウスらの母であるユリアが、夫を亡くした後ティベリウスと再婚していたからだが、二人が離婚した以上、ガイウスとドゥルーススのつながりは過去のものでしかない。それでもアウグストゥスはそうした言い方を好んだ。そうした気遣いは濃やかな人でもあった。
「ゲルマニクス」
 席に戻ったドゥルーススは、従兄に囁いた。
「サンキュ」
「よかったな」
 ゲルマニクスは形のよい唇の端をちょっと上げて頬笑む。亡父からは淡い金髪を、母アントニアからはスミレ色の眸を受け継いだゲルマニクスは、ドゥルーススから見てもかなりの美男だ。しかも快活で優しいこの従兄は、恐らく心からそう思ってくれている。ドゥルーススは曖昧に頬笑んだ。
 ドゥルーススは父の帰還を望んではいなかった。アウグストゥスも同様だろう。「あの男」という言葉はよそよそしく、侮蔑のニュアンスさえ感じられた。アウグストゥスは、血のつながりがないにも関わらず大切に重用した継子の勝手な行動に、七年経った今も、未だに腹を立てているのだ。