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鋼鉄少女隊  完結

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「初めまして。私、村井雪乃です。今度……」
 中野が手で制する。
「あ、知ってるよ。ちゃんと聞いてます。まぁ、座りなさい」
 雪乃が横に腰を下ろすと、中野は雪乃に聞こえるくらいの小さな声でささやいた。
「この関係者席ってね、空いている席は当日券として売り出すから、一般のお客さんも入ってるのよ。あなたのことは、公式ホームページでもう紹介されているんだからね。十期の子がここに居るって知ったら、パニックになっちゃうからね。終わったら、楽屋のほうに行くから、その時ゆっくりお話聞かせてね」
『いい人だなぁ……』
と雪乃は思った。ピュセルの一期は創成期でもあり、元々ソロ歌手志望者の集まりらしく、我の強い人が多かったが、二期には何故か優しい人が多かった。
 
 コンサートが始まる。真っ暗な舞台に幾筋ものライトの光が交差した後、舞台上の大きなスクリーンにオープニングのアニメ映像が流れ、その絵に被さるようにコンサートタイトルの文字が出てくる。
 突然舞台がぱっ! と明るくなる。そこにはピュセルの八人のメンバーがそれぞれ、ポーズを取りながら立っている。服装は白の軍服の長袖、あちこちに肩章階級章が付いている、下は同じ色のホットパンツ。頭には階級章の付いた略帽を髪飾りのように被る。音楽が始まる。8ビートの強烈なロックのリズム。ドラム、ギターの音が吠えるように響き渡る。
 一階席は総立ちで、手に手にサイリュームと呼ばれるケミカルライト、LED発光の工事の誘導灯じみた短いライトサーベルのようなものを振っている。
 舞台ではダンスが始まる。グループ全体が同じ動きをするのではなく、個々のメンバはめまぐるしく動き、その位置を変え、次々とセンターに出てきては自分のパートを歌っては引っ込んでゆく。ダンスフォーメーションの妙に加え、歌は生歌である。実際にこの場で彼女達が出している声が流れている。アイドルグループはほとんど、いわゆる口パクと言われるCD音源を流しながら、マイクのスイッチは切ったまま、音に合わせて口を開いて歌っているように見せかけている。高度な動きをするダンスボーカルグループもまた、口パクをやっている。動きが激しすぎて、ちゃんとした音程で歌うことが不可能だからだ。 しかし、ピュセルは完全な生歌だった。ダンスしながら歌っている。雪乃は座ったまま8ビートのリズムに乗り体を動かし始めた。クラッシックのコンサートのように、座ったままじっと聞いているのは苦手というか、音楽が体に入ってきて、体が自然に動き出すのを押さえ込むことが苦痛だった。中野が雪乃に声をかける。
「立って応援したら」
 一階席は総立ちだった。関係者席でも、当日券で入って来たらしい一般の観客達は立ち上がって手に手にサイリュームを振っていた。
 雪乃は中野の言葉に甘え、立ち上がると、いつもメタルのコンサートでやるようにリズムに合わせヘッドバンキングを始めた。首を前後に激しく振る。手の指はいつもコンサートでやるもので、無意識のうちに小指と人差し指突き立てるメタルピースあるいはメロィックサインという形になっている。これは牛の角を表し、西洋の魔除けのサインがデスメタルなどで使われたものらしい。冒頭から三曲続けた後、メンバー達は引っ込む。スクリーン上にビデオ映像が再び始まり、個々のメンバー紹介の映像が流れる。   
また中野が声をかける。
「ねぇ、ヘッドバンキングって、首傷めるんでしょ。夜の部であなた出演するんだから、今日はそれはやめといたほうがいいよ」
 確かに、中野のいうとおりヘッドバンキングをやり過ぎると、次の日首が痛くなる。ロックやメタルの演奏者も演奏中、ヘッドバンキングをやるが、首を痛め引退したものや脳梗塞を起こした者もいる。
 雪乃はそれに肯くと、
「ちょっと行ってきます」
と言って駆け出して行った。 
 トイレにでも行ったのかと思っていると、しばらくして駆け戻ってきた。手にはサイリュームを二本持っている。開演前でまだ客が入っていないときに館内をうろついてみたが、ピュセルのグッズ売り場に、写真やTシャツなどに混じって、見たこともない変なプラスチックの筒があったのを思い出したのだった。あれが、みんなが手に手に振っている、サイリュームという照明灯に違いないと、今買ってきたのだ。しかし、どうやったら光り出すのかわからない。
「中野さん。すいません。これスイッチが見あたらないんですけど、どうやったら明るくなるんでしょう?」
 中野はサイリュームを一本受け取る。
「昔の記憶だけど、確かね、こうだったと思う」
 中野はプラスチックの筒を両手で掴み、真ん中から折ってしまった。ポキッ! という音がした。雪乃は目を丸くして、中野を非難がましい目で見つめる。
「大丈夫よ。壊してないから。私も最初に折ってるの見たとき、壊したのかと思ったからね。電池が入っていて光るんじゃないのよ。薬品が二種類入ってて、こうやって折り曲げると、外側のプラスチックの筒は曲がるだけだけど、中のガラスの容器が割れて、二つの液が混ざり合って、光るらしいよ。ほら、光って来たでしょ」
 片方の手を放すと、折れ曲がった筒がまた元の真っ直ぐな棒状に戻り、赤く光り始めてきた。雪乃ももう一本を折って光らせる。メンバーにはそれぞれイメージカラーがあり、赤は彩の色だった。観客もそれぞれグッズのメンバーTシャツを着ているが、それもイメージカラーだった。
 雪乃は二本の赤く光るサイリュームを両手に持ち、他の観客達のように打ち振り始めた。ロックやメタルのコンサートではサイリュームなどの、光るものは禁止されていたので、何かすごく新鮮でわくわくした。
「ほんと、これってもう、お祭りだ!」
 ピュセルの曲の間奏部やソロパートの後の長い休符の間に観客達は、コールと呼ばれる合いの手のようなかけ声を入れる。「オーオー」とか「オイオイ」とかいろいろあって、これが全員で訓練したかのように揃っている。雪乃も自然にその声を出していた。
 あちこちで、音楽に合わせて踊っている者達がいるのに気付く。舞台など見ずにひたすらピュセルのダンスの振りを踊っているのだ。振りコピと呼ばれ、ピュセルがアリーナでコンサートをやっていた頃、余りに舞台まで遠すぎてほとんど見えないので、観客達がやけくそ半分と、暇つぶしに踊り出したのが起源らしい。雪乃も自然に手の振りが入り、足はステップを踏み始める。
「おもしろーい! これ、楽しーい!」
 雪乃はすっかり、他のファン達の動きに同化していた。ロックやメタルのコンサートのかっこつけたような、雰囲気に比べ、この観客達の居る空間はほんとに底抜けに明るく脳天気に思えた。この観客だけを見たら少し違和感があるだろうが、舞台のかっこ良さの前にした時、その底抜けの脳天気っぽさが音楽の主旋律に重なっていく対旋律のように混ざりあい、すごく快感だった。これはクセになりそうな気がした。
 
 昼のコンサートが終わり、ピュセルのメンバーは楽屋で休憩を取っていた。楽屋に戻ると、雪乃は夜公演の打ち合わせに同席させられた。雪乃を公演の最初に紹介して、ギター演奏をさせる予定だったのが、最後のアンコール時に変更された。
作品名:鋼鉄少女隊  完結 作家名:西表山猫