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亡き王女のためのパヴァーヌ  完結

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第三章 青い星



 由紀は帰国してから、部屋にこもり、外出しようとはしなくなった。雪乃の推量どうり、誹謗、中傷の手紙が大量に来た。由紀は世間の怖さを思い知り、すっかり人間不信になった。最初は家に届いた手紙をいちいち開封して読んでいたが、その内容のひどさに滅入ってしまい、来たそのままに箱につめるようになった。しかし、封書を箱に詰めていて、ふと変わった手紙を見つけた。差し出し人欄に住所がなく、篠原雪乃とだけあったが、なにか変わった紋章のようなマークが描かれていた。目を近づけてみると、細かい字がびっしりと書き込まれていた。虫眼鏡で見ると、カタカナで

「ユキノハユキガスキ」
「ユキノハユキヲミステナイ」
「ユキノハユキヲミマモッテイル」

とあった。由紀は興味をそそられて、中を見て、由紀は次第に今まで失っていた笑みを取り戻した。その手紙の主は同じ歳の女の子だった。
「生年月日同じなんだ」
 由紀は雪乃の手紙を心待ちにするようになった。

『自分の住所を書かずにごめんなさい。私は今児童擁護施設に住んでいます。私の居る施設では日記も手紙も全部、職員の人に読まれてしまいます。返事いただけるなんて、だいそれたこと思ってませんが、ここの住所は書きません。でも、もうすぐ、ここを出て自活するつもりでいます。その時は堂々と自分の住所を書きます。それまでは、住所を書かない非礼をお許しください』

と、あった。由紀は雪乃が早く住所を知らせて欲しいと思った。こちらからも手紙を書きたかった。いままでは毎日郵便配達が来ると暗い気持ちになっていた。でも、今は心待ちにするようになっていた。
 ある日、雪乃から紙包みが届いた。中を開けると、赤いフィギュアスケートのコスチュームを着た猫の縫いぐるみが入ってた。
由紀ははしゃぎまくった。母がそれを訝しんだ。
「お母さん。見てよ! この子、かわいい!」
「あら、いいわね。私にも貸して」
母はその縫いぐるみを慎重に指で押さえ出した。中に針など入ってないか確かめる為だ。それくらい母子ともに、世間の悪意に疑心暗鬼になっていたのだった。
 由紀が母の手から縫いぐるみを奪い返す。
「たいじょうぶよ! これ、雪乃ちゃんがくれたんだから」
 母は安堵する。
「そお、よかったねぇ。でも、こんなの売ってるんだね」
「ちがうよ! これ、雪乃ちゃんが作ったんだって。縫いぐるみも、コスチュームも。あの子、学校の手芸部なんだって。器用だよねぇ!」
 由紀は縫いぐるみを胸に抱きしめる。

 早く、雪乃に会いたいという気持ちが募った。手紙にはいつも、
『由紀ちゃんの滑っている姿を見てみたい』
と書かれていた。
「お母さん。私、五月のジャパン・オープンに出る」 
「え、出るの嫌だって言ってたのに、どうしたの?」
「雪乃ちゃんが私の滑る姿見たいって言うから、出ることにしたの」
 ジャパン・オープンは国別対抗団体戦という、エキシビションの延長と言ってもいい、お祭りのような大会だった。しかし、世界の一流の選手達が揃う。
「じゃぁ、あんた、しっかり練習しなくっちゃね」
「うん。明日から練習する。また基礎からやり直す。雪乃ちゃんにみっともない姿見せられないし」
 由紀はその言葉どうり、また基礎の基礎から練習を始めた。子供の頃に体に染みこませた技は、もう大きくなってしまった体では通用しなくなっていた。転んでも転んでも飛んだ。飛んでは転び、転んでは飛んだ。

 そして、五月。大会の日になった。由紀はショートプログラムで出る。コスチュームは以前使っていた青い色のを着た。体が大きくなった分、母が縫い直してくれていた。雪乃は青い色が好きと言っていたからだ。  
 由紀の滑走が近づいていた。三ヶ月ぶりに見るリンクは広く見えた。びっしり詰まった観客席にちょっと恐怖を覚えた。しかし、あの何処かに雪乃が居ると思うと気は和らいだ。
「どうしたの? 今日はそんな緊張するような大会じゃないよ。練習の延長で気楽にやってきなさい」
 コーチの原田康代がポンと肩を叩いてくれた。由紀は観客席を見回す。
「今日、友達見に来てくれてますから、ちょっと、緊張してしまって……」
「なぁに、男の子?」
 由紀は首を傾げる。
「いえ、女の子」
 原田は、ふーんというような顔をした。
「早く、ボーイフレンドでも作りなさいよ」
 由紀は激しく首を振る。
「あ、無理、無理……」
 原田がまたポンと肩を叩く。
「何言ってんの。ほら、出番だよ」

 由紀はリンクの中央に出て行く。去年の熱狂ぶりに比べると拍手は少ない。観客の反応も冷ややかな気がする。世界の一流選手と比べ格下と見なされていると感じた。でも、由紀は気にならなかった。雪乃が見ていてくれると思うと、すっかり心に余裕が出来ていた。由紀は心の中でうそぶいた。
『皆さん、ごめんなさいね。今日は雪乃ちゃん一人に見せるつもりできましたけど。まぁ、よかったら、箸休めにでも見てってくださいね』
 心がゆったりとしたところで、音楽が始まった。ジュニアの頃使ってた、ショパンのノクターンだ。滑り始めると体が軽い。背が伸びて体重は増えたが、それに見合う筋肉もつけ、技も調整してきた。最初の三回転を飛ぶ。高く飛べた。軸もぶれない。着氷も完璧だ。余裕で降りることが出来た。由紀は観客席に雪乃を捜す。住所がわかっていたら、こちらから、前列のアリーナ席のチケットを送る事が出来て、すぐに見つけられただろうに。雪乃はまだ住所を教えてはくれていない。きっと、近くの高価な席ではなく、一番上の遠い席ではないかと目をこらす。なにか自分でも不思議なくらい心に余裕があって、観客席がよく見えた。
 由紀はふと視界に違和感を感じる。目の前に青い点、星が見える。目が霞んでいるわけでも無かった。緑内障になった祖母が目に星が飛ぶと言っていたのを思い出した。目の病気になったかと少し不安になる。しかし、不思議なことにその青い点はある一定の方角にしか見えなかった。目の病気ならどちらを向いても視界にあるはずだった。北西角の最上部の方に見えた。滑りながらその方向を目で追う。

「もーう! なに、きょろきょろしてんの!」
 原田コーチがやきもきしている。
 でもついに見つけた。青い点の先にいたのはショートカットの女の子だ。遠くて顔ははっきり見えない。由紀の顔がほころぶ。また、三回転を飛ぶ。気が雪乃のほうに向いていたのか、着氷出来ずに思いきり転ぶ。雪乃が驚いたように席から立ち上がる。由紀は立ち上がりながら、雪乃の方を見て微笑みながら、大丈夫だというふうに首を振って見せる。由紀は気を引き締める。
『雪乃ちゃんにかっこ悪いとこ見せちゃったから、残りはパーフェクトで行かないとね』
 由紀は残りの全てのジャンプを完璧にこなしフィニッシュする。四方に挨拶した後、雪乃のほうに向かって掌を胸のへんで振った。この国別団体戦では、滑り終わると、リンクに接した選手控え用の席に移らなければならない。席に着くと、すぐに視界の青い点を追う。点は移動してゆく。席を立ったようだ。点は出口のほうに向かってゆく。雪乃は由紀の演技だけ見たら帰ってしまうようだ。
『ほんとうに、私だけ見たら、もう見ないんだ』