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打ち上げ

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香代は宇宙に行くことを夢見ていた。だから宇宙ステーションの建設チームに選ばれた時はすごい喜びようだった。
 しかしそのための訓練のためにアメリカに飛ばなければならず、俺と香代はしばらく離れ離れになってしまう。一緒にいる時間を作ろうと、旅立つ前に地元の花火大会を見に行った。花火はきれいだった。
 それから一年後。香代はスペースシャトルに乗り込み、数分後には打ち上げられる。
 数日前に俺がアメリカに渡り香代と会ったとき、一年前と変わらず元気な姿をしていた。 しかし相当な不安とプレッシャーがあるらしく、その様子を隠せていなかった。だから俺は「不安に思う必要は無いって。昔からの夢を叶えておいで」と声を掛けた。
 そしてシャトルに乗り込む直前に見た香代の姿からは不安は感じられず、堂々としていた。
 秒読みが始まる。周りの観衆が秒読みをする中、俺は何故か悪い予感がした。
 3、2、1――。発射。
 ロケットは火を上げて宇宙へと昇っていく。肉眼で見ると光が大量の煙を吐き出しながら上っていくようにも見える。そしてそろそろ切り離しをするのではないかというときに、その異変は起こった。
 爆発した。木っ端微塵に、跡形も無く。
 あまりに唐突のことでど派手な花火が上がったとしか考えられなかった。

 数年後。俺は何故かあれ以来泣くことができなくなっていた。
 いや、泣くだけではなく感情という感情が欠落してしまった。香代の葬儀に出ても泣くこともなく、事故の原因が発表された時も憤ることもなく、日々を生きて楽しむこともない。ただ無感情に生きることしかできない。
 毎日義務的に仕事をこなし、仕事が終わればまっすぐに家に着く。家でも特にすることがないからテレビを見るが、何も感じない。寝ようと思うが寝れない。仕方なく酒を飲み、無理にでも眠りに就く。
 こんな生活から脱したいと思うのだが、どうすればいいのか分からない。ひたすら香代のことを考えても涙は出る気配を見せない。

 ある日の休日。やることが無く昼寝をしていると夢の中で香代が出てきた。あのアメリカに旅立つ前に一緒に見た花火大会の時のものだ。
 目が覚めると外から何か雷のような音がするのが聞こえた。そういえば今日は近くで花火大会がやっているらしい。俺は今まであの事故のことを思い出しそうだから花火を遠ざけていたが、今日は見に行く気になった。きっと夢の内容のせいだろう。
 会場は人で賑わっている。俺は音を聞いただけでも事故の瞬間の映像が映し出されそうになるから、花火を見ないようにして会場まで来た。音がするたび周りから歓声が上がる。
 しかしいざこうして見ようと思ってもなかなか見ることができない。音を聞くだけで心臓が跳ね上がる思いをしているのだから、実際に花火を見たらどうなってしまうのか。だが夢の中で見た香代の事を思い出した。香代は楽しそうに笑っていた。
 俺は恐る恐る顔を上げる。ちょうど花火が打ち上げられるところだ。
 空に花火が散る。彩り鮮やかに。その時、胸の奥で何かがかちりとはまったような気がした。
 それからは一気に涙が溢れ出た。数年間流さなかった涙を全て出し切らんとばかりに。
 今まで俺は事故のことを現実と捕らえることができなかった。香代の死を受け止めてなかったのだ。だからあの時とっさにあれは花火なのだと思い込ませた。
 だが今こうして実際の花火を見てようやく現実と向かい合えた。あれは花火なんかじゃなく事故だ。それで香代は死んだ。
 花火は泣き続ける俺をよそに上がり続ける。
 花火はきれいだった。俺もようやく笑えるほどに。
作品名:打ち上げ 作家名:ト部泰史