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「A pillow space」

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ベッドに片足を入れて、その異変に気づいた。
 消灯した天井灯と、カウンターの天板の間。その中空で、何かが光を反射していた。ライターくらいの大きさ。
 私は下半身を布団に入れきって、その銀色に瞬く物体を注視していた。
 それは浮いているように見えた。
 光源のアロマポットは、枕元で、ラベンダーの香りを薄く放っている。その明かりを一番近く、後ろ頭で受ける彼女は壁に向いたまま、微動だにしていなかった。
「ね」
 ちらちらと銀色に瞬く物体を見たまま、私は彼女の剥き出しの肩を人差し指でノックした。温かく、柔らかかった。しかしリアクションはなかった。両手で揺り動かそうかと思ったが、やめた。彼女とSEXをしたのに、夜の睡眠を妨害することは過干渉に思えた。彼女の寝息が暗闇の静寂を、彼女側と私側の二つに分けていた。
 私は布団を被った。初めての一人暮らしで、居住空間に神経質になっているのは分かっている。壁材にヒビが走る音、天井の軋む音、床を歩くような物音、テーブルの足をノックするような物音、脈絡のない影の動き。たかだか1R。しかし注意を行き届かそうとするには、広すぎる。私は顔を横に向け、上下する彼女の剥き出しの肩を見つめた。こっちを向かせれば「close」の札がかかっていそうだった。
 私と彼女は恋人同士ではない。しかし今日、セックスをした。私はその矛盾について考えた。もう二十六歳。世界の実際的に矛盾でないことは知り始めている。しかし自分の過去の経験から、現況の位置づけや意味付けができず、受け皿のない感慨が胸中でふわふわと浮かんでいた。
 私は彼女のことが、長期的な意味で好きではない。それはつまり、彼女と私の間には、分かり合うことのできない、決定的な隔たりがある、と経験則的な確信があるからだ。
 彼女に魅力があるのは分かる。笑顔が素敵だ。それは万物に平等な日差しを思わせる。相手にも気分にも依らず、彼女はまず、笑顔を返すことができる。他意のない、輝かしい彼女の返答。いつでも、誰にでも与えられる恩恵。そんな彼女のリアクションに、みな好感を持ち、定期的に求めるようになる。
 しかし、私はそれを浅薄に捉えていた。
 万物のためのものなんて、個人的でないものなんて、薄っぺらい。
 そんなわけで、私は「私と森屋さんはタイプが違う」と面と向かって伝え、自分を開示するような突っ込んだ話題を避けていた。
 しかし私と彼女は、職場の同期社員で、その他の同期も含めて懇親会が催されることになった。それが始まりだった。
「鍋をしよう」と、その運動の中心人物「太田君」がついに私を誘ってきた。
 私は喫煙所でタバコを吸っていた。たぶん、苦笑いをした。
「私は大人数が苦手で、会話のための会話ができないんです。だからどうぞ気になさらず、残りのみんなでやってください」と私は言った。
 彼はしばらく首を傾げてから「まあ、そういうなよ、みーちゃん」と私の休日に合わせた日時をセッティングしてしまった。私は、木戸実、という。
 会は太田君の家で実施された。全同期社員4名。私は覚悟を決めた。「いいよ、おれやるよ」と鍋を出してきた太田君を座に押し戻した。キッチンで一人、だしの効いた鳥鍋作りに専念した。
 狙い通り、残りの3名は会話を楽しんでいた。
 しかし鍋ができれば、私も輪に加わりざるを得なくなった。今後のことを考え、無理に自分を演じるのはやめた。仕事柄だろう。みな場の空気に気を行き届かせることができる。僕が加わったことで、談話はトランプに変更された。
「みーちゃんは変わってるって言われるでしょう」
 と、残りの同期、美和冴子が言った。
「うん、そうだよ、変わってる。きっと頭がいいんだよ、みーちゃんは」
 と森屋日向が口を挟んだ。
「いや、まじ熱いよ、みーちゃんは」
 と太田元気が、声を上げた。
「そんなことないよ」
 そう答えながら、私は両手をあげた。彼の声の大きさに慣れないのだ。恥ずかしい想いをしながら、私は自分の存在を受け入れられていることを、少し意外に、また嬉しく思っていた。
 約束が、次の約束をつくり、私たちは誰も欠けることなく、ドライブに出掛けた。次はカラオケ。私たちは全員が、自分らしさを隠さず好き勝手に楽しんだ。
 私は常に、自分の社会的な位置づけを気にしていた。“まだ達成できていない”私には、達成しなくては、と感じる目標があった。いつも未来を見ていた。そこへの歩みに関係のない用事、仕事・遊び・家事をしているときは、いつもそわそわしていた。だから、目標のことを考えたり、うたた寝をしていた。みな次第に慣れてくれて、いつか気にしなくなった。太田君は好きなように皆をいじり、美和さんは適当に皆の話を聞きながら、たぶん、そのとき心に去来する風景や景色に想いを馳せていた。森田さんは、よく分からない。皆の言葉や話に頷いたり、自分の悩みを話したり、たぶん傍目に見たら一番真っ当に、遊びの時間を過ごしていた。
 それぞれのスタイルで過ごす。それが、良かった。私たちは、一人も抜けることなく、四人で会うことを続けた。特別なことはなかったが、その予定は、その営みは、社会人としてまだ不安定なところにいる私たちを、どこか安心させたのだ。
 生涯初のパジャマパーティーもした。4人のうちの誰か2人付き合うことを肴に、酒を飲んだ。4人でしちゃったらどうしよう、と笑い合った。
 太田君は、森田さんを狙っているようだった。「超好みだよ」と面と向かって言っていた。私は誰かと付き合う、という可能性を、時間的な理由から放棄していたが美和さんに「すっごい同じタイプだと感じる」と伝えていた。「たしかに」と美和さんは、わかってますよ、というように、深々と頷いた。彼女は不毛な不倫に苦しんでいる、とのことだった。私は彼女と寝ることを考えたりした。
 私たちの仕事は休みが流動的だった。勤務の都合から、美和さんと太田君は、お互いの趣味のカラオケに2人で出かけ始めていた。
 張り合うためだけに、私と森田さんもカラオケに行った。
 一緒に歌えるデュエット曲を探し、きたるフルメンバーでのカラオケに向けて、猛特訓をした。そして、たまにお茶をした。
 彼女は、職場での人間関係をたくさん気にしていた。私はびっくりしながら、思ったことを伝えた。君は職場の人にとても人気がある。君と話すとみんなアゲアゲになる。なにを気にする必要があるのか分からない。と。
 彼女は、とても細かいことを気にしていた。相手の一挙一動。みなからの評判。考えると、きりがないのでは。と僕はコメントした。
 みーちゃんは、強いから。
 と彼女は答えた。せっかく話してくれたのだ。私は、どうしたら気にしないですむか、彼女の生活の優先順位を一緒に探した。
 彼女は、フランス語を勉強したいようだった。私にも、プライベートを掛けて勉強したいことがあった。だから、一緒にカフェで勉強するという結論になった。
 さすが、みーちゃん。と彼女は言った。
 大袈裟だよ、と私はまたびっくりした。
 別れ際、私たちはなぜか、お礼を言い合った。
 太田君と美和さんが付き合い始めたとの報告を受けたのは、その一週間後くらいだった。
作品名:「A pillow space」 作家名:takeoka