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人生の盲導犬

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男性女性関係なく、大勢の人が行き交う駅。
今僕がここにいる理由は、お客さんが駅員室に飛び込んできたからだ。
そこに詰めている人間の中で一番若い僕は、パシリのごとく使われていて、今回の対応についても僕が行く事になってしまったのだ。
どうも、おばさんが犬を連れて入ってきてしまったらしい。
駅構内は、基本的には犬を連れてくる事は禁止されている。例外は盲導犬。
駆け込んできたお客さんが言うには、その犬はハーネスもリードもつけていない上に、首輪はつけているものの、野良犬のような見た目らしい。要するに、汚れている、と。
お前、犬好きだろ、なんて適当な言葉と共に先輩は俺を送り出した。暇なのは俺も先輩も同じだというのに。


「それで、どこにいたんですか?」
「コインロッカーぐらいわかるでしょ!」
「いえ、この駅構内にはいくつかコインロッカーがあるので・・・」
「ああもう!東口の近くだったわ!はやく行きなさいよ!」


犬アレルギーがあるらしいお客さんは、鼻をぐずぐずにしながら叫んでいる。
そんなに騒がなくたっていいじゃないか、とため息をつきながら、僕はそのお客さんを追い払う。
いつまでも後ろから叫び続けるから、うるさくてしょうがないし、そんなに犬アレルギーがひどいというならついてこなくてもいいだろうに。
そういう意味の言葉を柔らかく包んで言えば、ぶつぶつと文句を言いながらもそのお客さんは去って行った。


僕が東口コインロッカーについたときも、その犬を連れたおばさんは変わらずにそこにいた。コインロッカーの前にある休憩所のようなところに、犬を足下において座っている。
いや、変わらずなのかどうかは見ていない僕にはわからないけど、彼女のまわりに不自然に空間ができているから、多分そうなんだろう。
犬が野良犬ならばおばさんはホームレスで、周りの人たちが避けるのもわかろうかという具合だ。
回りを見回せば、犬に興味を示した子供が親に止められていたり、おばさんを遠巻きに見ている人たちがひそひそと何かを話していたり、知らないふりをして通り過ぎる人などもいた。
僕はもう一度ため息をついて、彼女のもとに足を進めた。
駅員が来たことに気づくと、彼女に注目していた人々は視線をそらし、立ち止まっていた人も歩き始めた。


「すいません」
「はい?」


僕が声をかけると、彼女はゆっくりとこちらを見上げた。
その顔には穏やかな笑みが浮かんでいて、こんなところでなく、こんな格好をしていなければ、上品な女性という雰囲気だった。
犬は彼女の足下にかしずくかのように寝そべり、僕の方には目も向けていない。
ゴールデンレトリーバーのような気品のあるたたずまいではないその雑種犬は、それでも頭のよさそうな雰囲気をたたえていて、彼女と犬で、1つの芸術作品であるかのようだった。
思わず僕が見とれてしまっていると、彼女が小さく首を傾げた。
その仕草を見てはっとして、気を取り直して彼女に注意しようと口を開いた。


「すみませんが、駅構内に犬を連れ込むことは禁止されておりまして・・・」
「この犬は、盲導犬なのよ」
「・・・盲導犬でも、ハーネスをつけていない状態ではそう認める事ができないので、ハーネスをつけていただかないことには」
「ハーネスは持っていないからねえ・・・」
「いえ、あの、盲導犬であれば必ずハーネスはあると思うんですけど・・・」


困ったように笑いながらも、彼女は腰を浮かせる雰囲気もなければ、鞄をもっているわけでもないからハーネスを取り出す気はないというより、本当に持ってなさそうだ。
そうなると、今度は駅構内から追い出さないといけないのだが、強く言う事が苦手な僕は、どうにか彼女が察してくれることを祈っているのだが・・・。どうにも、察してくれそうな気配もない。
はあ、とまたため息をついて僕は彼女を説得しようとする。


「あの、失礼ですが、本当にその犬は盲導犬なんですか?」
「ええ、盲導犬よ」


そう言って犬の頭を撫でる。
犬が立ち上がって、彼女の前に座り直す。
どう見ても、彼女が盲目にはみえない。普通に見え ているようにしか見えない。
犬の方が目が見えないというわけでもないだろうし、どうして彼女は盲導犬を連れているなんて言うのだろうか。
・・・まさか、認知症とか、そういうのだろうか。


「私はね、人生が全然見えなくなっちゃったの。人生について盲目なのよ。それでこの子がね、私を人生の中で導いてくれるの。盲導犬として、盲目の私を導いてくれるの」


そう言ってにっこり笑う彼女は、本当にそう思っているようで、僕はおもわずはあ?と言ってしまいそうになるのを必死に抑えた。
犬は彼女の言葉にこたえるように小さく吠えた。
その声に僕がびくり、と体を震わせると、彼女は僕を見上げて、困ったように微笑んだ。


「あらあら、驚かせちゃったわね。だめじゃない、吠えちゃ」
「あ、いえ・・・」
「それじゃあ、私はそろそろ行かなくてはね。注意しに来たのでしょう?」
「あ、その・・・・まあ、そうです」
「私もわかってはいるんだけどね。ごめんなさいね、お騒がせしてしまって」


そう言うと彼女は立ち上がって歩き出した。その少し前に、犬がぴったりと着いて行っている。
僕は呆然と彼女を見送ると、駅員室に戻った。
そこにはさっきのお客さんがまだいて、僕の姿を見るとまたほえかかってきた。


「あの犬は追い払ったんでしょうね!あの犬がいると私はいつまでたってもコインロッカーから荷物が出せないわ!」
「はあ・・・」
「ねえ!あの犬はただの野良犬だったでしょう!」
「いえ、彼女の犬は、盲導犬、でした」
「はあ?!」




僕の瞼の裏には、何かに迷うように歩く彼女と、彼女を導くように歩く犬の姿が瞼に焼き付いていた。
作品名:人生の盲導犬 作家名:ハチ