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せき あゆみ
せき あゆみ
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綿津見國奇譚

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第三章 初陣




   一、自在玉

 すっかり垢とほこりにまみれたシタダミは、日の落ちかけた湖の畔でつぶやいた。
「母さんたら、本当にめちゃくちゃだ。いたいけな子供を、二人だけで旅に出すなんて」
 旅に出て一ヶ月、ふたりはやっとハヤト族とヘグリ族の邑境にたどり着いた。
 サクヤは、クシナダ族だということをかくすため、顔や手足を赤土で汚していたので、湖できれいに洗い流していた。
「ありがとう、さっぱりしたわ」
「ごめんな。ずっと汚いかっこうさせて」
「ううん。旅をしてるんですもの仕方ないわ。さ、今度はシタダミの番よ」
 都を旅立つ時、船で川を下れば隣のヘグリ村には数日で着くことができた。しかし二人はなんの用意もしていなかったため、まずお金と食料と衣料品を調達しようと家々を回って下働きの手伝いをしていた。そして野宿のための寝袋も、自分で縫ったのだった。
「ごめんなさいね。シタダミにばかり苦労かけて」
「なあに、ぼくも勇者だ。この国の未来のためさ」
「すごい、尊敬しちゃうわ。それに寝袋まで作れるなんて、わたしより裁縫が上手なんだもの」
「母さんには、いろんなことずいぶん仕込まれたからね。でもこの旅でその意味がよくわかったよ」
「シノノメは大丈夫かしら」
「……大丈夫だよ。ぼくは母さんを信じる」
 不安はあったが、シタダミは母親を信じていた。そして、改めて幼い頃から母親が自分に教えてきたことが、この日のためだったことを痛感するのだった。
 物心つくころから、シタダミは異常なほど厳しく家事や細々したことをしつけられた。薬草や山菜の見分け方はまだしも、炊事はもちろん裁縫に至るまで、およそ普通の男の子ならしないことまで教えられたのだ。
 幼いシタダミには、その意味がさっぱりわからなかった。けれどこうして旅をしていると、母の教えに一つの無駄もないことがわかった。
 口八丁なシタダミは、赤ん坊のころ戦で親と生き別れ、育ての親の虐待に耐えかねて逃げ出し、実の親を捜して旅を続けている兄妹だというふれこみで、人々の同情をかって仕事をもらった。そして、母の教えのおかげでどんな仕事もこなし、行く先々で重宝がられたので、寝るところも不自由せずにすみ、食べ物も金銭も十分得られたのだ。
 一ヶ月もかけて、ハヤト族の邑々を回ったのには、もう一つ理由があった。それは、この先誰の力も借りないで、旅をしなければならなかったからだ。
 ハヤト族なら裕福な暮らしをしている。だが、ハマクグの圧政で、ほかの部族はその日に食べるものさえままならない暮らしをしていると聞く。とても旅人に援助できるような余裕はないだろう。シタダミ自身、ハヤト族の人間だとわかると、どんな目に遭うかわからない。しかも、追っ手がいつどこから現れるかもしれない状況では、できるだけ人目をさけて旅を続けるしかなかった。
「さあて、これからが本当の旅だ」
 シタダミは大きく深呼吸して、はるか東の空を見つめた。
 真夜中、胸騒ぎがして目が覚めたシタダミはサクヤを起こし、小石をたくさん集めてあたりを警戒した。
「ぼくの後ろにいるんだぞ。サクヤ」
「はい」
 何かの気配が近づいて来る。おそらくホオリ族の追っ手だろう。急に茂みから黒いものが飛び出してきた。シタダミは石つぶてを投げた。
「ぎゃ」
 黒い影は石つぶてがあたってひっくり返り、そのまま逃げた。しかし、すぐに次のがやってきた。見ると猫のような生き物だ。
 それはまた襲いかかってきた。シタダミは必死で石つぶてで追い払ったが、そいつはあとからあとからやってくる。いよいよ石がなくなった時、突然つむじ風がふいて、その生き物を巻き上げ、どこかへ吹き飛ばしてしまった。
 二人がぽかんとしていると、目の前に小さな老婆が立っていた。もちろんツヅレ婆の幻影だった。
「おばあさんが助けてくれたの? ありがとう」
 サクヤは丁寧にお礼を言った。ツヅレ婆はにこにこと二人に近づいてくると、シタダミに向かって言った。
「なかなか骨があるの。心構えはりっぱな勇者じゃ」
 それから、二人に一つずつ小さな玉を手渡した。
「ホデリ邑はまだまだ先じゃ、この先は武器がなくてはいかん。これからはシノノメの力も届かんからの」
「母を、母を知っているんですか? 母の身に何か!」
「ほっほ、小さな時からな……。心配せずとも良い。時が来るまでおまえの母は眠っているのじゃ」
「では、母は無事なんですね」
「わたしにとって孫みたいな娘じゃ。おめおめ死なせるものか」
「よかった。ありがとうございます」
「それよりの、それはわたしからのプレゼントじゃ。自在玉というて、ちと便利でな。思った武器に変わるんじゃよ」
「と言いますと?」
「刀がほしいと思うてみい!」
 言われたとおり、シタダミが刀と念じると玉は形を変え、刀になった。弓と念じると弓になった。
「わあ、すごい」
 サクヤは思わず驚きの声をあげた。ツヅレ婆は、サクヤをじっと見てほほえんだ。
「ふむ。スセリ媛にそっくりじゃな」
 そして二人の肩をたたいて励ました。
「おまえたちにはこの先つらい旅になるが、勇者になるための修行じゃと思ってな」
「はい」
 ツヅレ婆は独り言をいいながら消えていった。
「いやはやアカツキ殿も人使いが荒い……。あっち、こっちと……」

作品名:綿津見國奇譚 作家名:せき あゆみ