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守人たちの村

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 ヨーランは父の顔を見た。その頼もしそうな顔を。浅はかな自分を父は赦そうというのだ。感極まる。いつしかヨーランはしゃくりあげていた。優しい心を持った少年。遠い昔にあった情景。
「泣くな」ロザクは照れを隠そうと、ぶっきらぼうに言った。
 そんな彼らを、月は見つめていた。

 ロザクたちは村の集会所にやって来た。百人を超す男たちが集まっている。
「ヨーランだ」
「帰ってきたんだ」
 村人たちはヨーランの姿を認めて声を上げた。家出をした彼に対して反感の目を向ける者たちもいたが、たいていの村人はヨーランをとがめず、帰還をねぎらうのだった。村長も彼ら親子の姿を認め、うなずいた。ロザクとヨーランは、ことの成り行きをつぶさに村長に報告する。
「なんと。丘の向こうのことが、外の人間に知れてしまったのか」
 丘地の話が出たとき、村長も顔色を変えた。
「……あの土地ではおかしなことがよく起こる。特に夜にはな。影の妖精がまやかしをかけたり、魑魅魍魎《ちみもうりょう》が彷徨したりという話は、小さいころお主らも大人から聞いたことがあるだろう? あれはただの戒めや脅かしではなく、真実を含んだものなのだよ。あの不可思議な場所がなんなのか、結局のところ分かっておらん。が、用心を怠るな。そしてなにより外の者を――賊の侵入を許すな! ――もしかするとあそこは“魔界”に近いのかもしれない――。わしはそうとすら思ってるのだ」
 周囲はしんと静まった。遠い昔の話だが、魔界を統べる冥王がこの世界を闇に閉ざしたというのは歴史にも残っている真実だ。そして、魔界とこの世界とをつなげる地底の大要塞が建造されていたことも。だとすると、この世界のいずこかには大要塞へ通ずる道があったのだ。
 あの地にこそ、その道がある――村長ひとりの考えでしかないのだが、村に古くから伝わる掟が絶対的であることや、この地域が陸の孤島となっている事実は、暗にそうである、と語っているのではないだろうか?
 知らず、ロザクは全身に汗をかいていた。
「怖じ気づいても始まらん! いずれはこのような出来事が起こるに違いなかった。それがたまたま今回だったという話だ。さあ剣をもて。槍をもて。盗賊どもをやっつけろ!」
 村長は村人たちに手際よく指示を出した。賊は七名。盗人どもは二手に分かれて行動する、と村長は読んだ。墓地には三十人、丘地には残り全てと人員が割り振られ、さらに丘地に行く者のうち二十人は、丘の向こうまで行くことが許可された。ロザク親子もそこに加わった。
 村長は「油断するでないぞ。気をつけろ」と何度も念を押した。

 空の色はなお濃くなる。しかし今夜、ランプや松明は必要なかった。真円を象る月が夜道を照らし出してくれるのだ。ロザクたちはさらに丘を登っていく。やがて道は狭まり、徐々に草に隠れていく。だが彼らが来る前に、誰かがここを通ったようだ。草が不自然に分かれている。
(盗賊たちはもうすでに来てしまっている!)
 彼らはヨーランをわざと逃がしたのかもしれない。村までの道が分かれば、墓地や丘地に行くことはたやすいからだ。
 男たちは無言で一列に連なって歩くようになる。焦りのためか、歩みは徐々に早まる。
 やがて腰までの草地へと変わっていった。ここまで来ると足下には大小さまざま、石のかけらが散乱している。見回すと崩れかけた石柱や建造物が月光を受け、あたかも巨大な墓碑群のように佇んでいるのが分かる。あれらは千年以上も昔のイクリーク王朝時代の駐屯地あと。今はただの廃墟だ。
 村人のうち許可を受けた二十人がさらに奥へと進む。
『この先、何人たりとも立ち寄るべからず。恐るべき禍いに近づく者に禍いあれ』
 石で作られた古い標が立っている。こんな標があるなどとは、ロザクほどの大人であっても知らなかった。警告を読んでロザクたちは一瞬ひるむ。が、盗賊はここをすでに過ぎてしまっている。
 やがて丘の頂まで到達した。そこから見下ろすと、いよいよ“あの場所”が見えた。

 そこは三方が崖になり谷に落ち、残る一方はロザクたちが今いる丘地へと繋がっている。イクリークの兵が駐留していた時分、丘の駐屯地は難攻不落の城塞とされていたことだろう。敵軍は崖を登るのさえ必死だ。背後に回って、平地側から丘地へと襲いかかることもできなくはないが、そこに至るまでに察知されるだろう。そして物量に勝るイクリーク王朝軍が敵を蹂躙《じゅうりん》する――だのに、なぜ丘の城塞はああも木っ端みじんに砕け散ったのだろうか?
 もしかすると、丘の駐屯地は人間同士の戦いによって滅びたとは違うのかもしれないな――ロザクは思った。あの地が魔界に近いというならば、かつて冥王降臨の折、魔界から出現した魔物どもに襲われて滅び去ったのではないか?
 ?あの場所?は一見、草と低木が生えているだけの何のこともない林だ。だが木々は月の光を受けて奇妙な影をいくつも地面に投影する。それすらなにか現実離れした恐ろしいもののように村人たちには感じられた。
 村人たちはお互い目を合わせ、うなずく。そして彼らは意を決して丘を駆け下りていくのだった。そして確かに見た。低木が連なるあの向こうで、草が不自然に動くのを。
「いたぞぉ!」
 村人のひとりが叫び、剣を空に向けて突き上げる。その時、草が大きく動いてその中から人間が数人躍り出た。
「……奴らだ」とヨーラン。「見えるのは七人……ってことは全員がこっちに来てるってことか」
 盗賊の一味はまずこの地にお宝がないか、探りに来たようだ。もっともこの地で得るものは宝ではなく禍いかもしれないが。
「気をつけて! 奴らは手練れだし、頭領は魔法を――」
 びょうと。ヨーランのすぐ横を風が通りすぎる。そしてまた一筋。
「あいつら、弓矢を持ってるぞ!」村人のひとりが指し示す。そうしているうちに矢の雨が襲いかかり、何人かの村人は地面に倒れ伏した。坂を駆け下りるころには、村人の数は半数にまで減ってしまっていた。だが奴らを倒さねばならない。その一念で村人たちは盗賊たちのもとへと駆け寄るのだった。矢を受けた者のうち軽傷の者もあとからついてきた。

「エノアー!!」ヨーランが叫んだ。「頼む、この地から出て行ってくれ! そして忘れてくれ! この場所は人が入り込むべきじゃないんだ!」
 エノアーと呼ばれた頭領格の、すらりとした背格好の青年はヨーランをにらんだ。
「臆病者のヨーランか。危険をかえりみずに財宝など手に入らんよ! 命が惜しけりゃ……そこでおとなしくしてな!」
 エノアーは右手を天にかざす。術が発動。村人たち全員の影が縛られ動けなくなった。してやったり。賊のかしらはにやりと笑うと、とって返そうとした。その時。
 エノアーの影が揺らめき、異様に大きくなり――ついには直立した! エノアーには何が起きているのか理解できない。むろん村人たちにも。
「よこしまな心をもって、この地を侵した者どもよ。その代償を身に受ける覚悟はできておろうな?」
 流暢な共通語を語ったその影はさらに大きくなり、ひとつの姿を象った。龍の姿を。
 盗賊たちは魅せられたように動けない。影の龍は翼を大きく広げて宙に舞い、満月を背にする。
「代償を、その身をもって知るがいい!!」
作品名:守人たちの村 作家名:大気杜弥