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 眠り続けていた彼女はそれによって眼をさましてしまった。ちょうど彼女の目覚めの時間と彼が血が与えた時間がそれはそれは幸運にも一致してしまったのさ。
 二人は見つめあって、それはご大層に悲鳴をあげた。彼が、ね。自分から行動したくせに彼は彼女が目覚めるなんて思いもしなかったのさ、ちらりとも。だからびっくりして腰を抜かして、立ちつくす彼女に見下ろされた。なんて愚かな男だろうね!
「あなたは何者ですか」
「あなたの血のものにあたります」
「そうですか」
 彼女と彼の出会いはまさに間の抜けたものだった。
「教えていただけますか、あなたの時代について」
「時代」
「私の知識は今はもう過去のものでしょうからね」
 彼は彼女に自分の生きている時代についていろいろと教えた。彼女はそれを知って、それは利口な判断をした。
「私は死んだものとして処理されたのですね」
 彼女がちょっと眠ってから百年ばかしたっているんだ。彼女は自分が求めた結果がちゃんと未来で実を結んでいることに満足したようだ。唯一の例外は目覚めるときにまさか男とはち合わせるとは思いもしなかったようだが。
「あなたは吸血鬼なのですか」
「それは人が勝手につけた呼び名だわ。けど、そうね」
 彼女は無邪気に笑った。

 そのあとは、とてもとても陳腐さ。
 彼女の利口さと無邪気さに彼はたちまち夢中になった。なんといっても損得で彼女は動かない。いいや動いていたとしても彼にはわからなかったのさ。彼女は利口すぎた。彼は愚かすぎた。よくいうだろう? この世で最も恐ろしきは女。
 美しいものを閉じこめていると彼は思った。彼女は美しく、幻想的で、彼の傷ついたプライドをくすぐった。彼とて男だ。独占と上に立つことの快楽を知らないわけではなかった。権力や金や地位、そんなものがあったせいだろうね。
 彼女は彼のそばが安全だと知っていた。ただそれだけさ。彼女が彼を自分の傍においておいたのは。

「あなたはなにを食べるんですか」
 男はこの手のぶしつけな問いをいつも女にした。女はそんな問いにいちいちそれは律義に誠実に答えたものだ。
 黒いドレスを身にまとった彼女は彼の手をひいて冷たい絶望の牢屋たる城を抜け、外へと出た。彼女は光の下では生きられないのだと彼に教えた。彼もこの世に流れる嘘ばかりの本から知識を得て、それは知っていた。
 だから彼女が城という牢屋から出るのは夜。
 闇色の空、そこに浮かぶ宝石のような星。なんて人の好きそうなロマンス。城の前には彩とりどりの花が植えられ、風になびいた。それは彼女の残した遺言の一つだった。一族たちは彼女の遺言を忠実に守っていた。それに彼女は満足した。
 第一に城は封じること。
 第二に花を絶やさぬこと。
 それだけで彼女は生きていけたのだ。
「花を」
「ここの花を」
「ええ」
 彼女は不思議がる彼の前で花を食べて見せた。
 可憐な白花をとると、それに口づけを落とした。とたんに花は生気を吸われて干からびてしまった。彼はその食事をなんと美しいものかと見ていた。目を星のように輝かせて。
 彼女は、知っていたのさ。この男をどうすれば自分の傍においておくのか。
 彼女はアクシデントをすぐさまに自分の都合のいいように処理する能力を持っていた。そのために彼女はいくらだって傷ついた男が癒しを求める幻想的なふりをやってのけた。ときには娼婦のように、ときには慈愛深い聖女のように、そして、聖母のように。
 困ることはないさ、彼女は君の仔だろう。長い間に培った知識はいつもこうして活用される。
 たった一つだけ、例外があった。
 なんだと思う? おいおい、考えてくれ。ああ、だめだめ。君はいつも正しい答えを口にする。そうだよ、楽しみのないやつだ。
 恋さ。
 君たちはいつも利口で、合意的で、知的で、そのときするべきことをわかっているくせに、狂ってしまう。
 恋によって。
 発情だと君たちは知っているのに、ときとして、その繁栄のための手段に踊らされてしまう。知的であればあるほどにその反動は大きい。知識があり、するべことも、しなくてはいけないこともわかっているのに、それらを丸投げして感情に走ってしまう。それはいつも君たちの破滅を意味したね。
 君の仔、ドラキュラ(ドラゴンの仔)、カミラ、ノスフェラトゥも、なんて愚かだろうね。ときとして、これ以上ないほどにわかっているはずだというのに、彼らは、そして彼女たちは……感情に狂ってしまう。
 彼女もまた例外ではなかったんだよ。
 彼女は利用すべきものを利用しきれずに愛してしまった。愛、それほどに陳腐で滑稽なものがあったかな。
 彼女は男を愛してしまった。そして、肉体をかわした。冷たい肌の感触を、幾度となく触れ合わせ、奪い合わせた。
 そして彼女は最も恐れていた過去をまた再び引き起こしてしまった。
 妊娠だよ。
 彼女はその真実に気がついたのは、いつものように夜、食事をとろうとしたときだ。彼女は花を食べられなくなっていたのさ。彼女の愕然としたこと。ああ、なんてことだろうか。彼女は君の教えに従って、十字架を切った。
「どうしたんだ」
 彼は尋ねた。
「私のおなかにはあなたの仔がいるのよ」
「それは、素敵じゃないか」
 彼女は悲しげに首を横に振った。彼女は馬鹿じゃない。過去のことを思い出したのさ。自分がどうして眠りについたのか。
「だめよ。とても恐ろしいことなのよ」
「どうして」
「私は、人の血を吸わなくてはいけないのよ!」
 彼女は叫ぶと彼はさすがに驚いた。ここまで彼は一度たりとも考えなかったのだろうか。彼女がどういうものなのか。書物には嘘が多いが、本当のことだって織り交ぜている。その書物を書いたのは君の仔か、それともその仔を愛してしまい、破滅への犠牲となってしまった人間か。それはわからないがね。
 彼はとても人間らしい人間だった。つまりは異様を愛しても、それが自分と違うものだとしたら、それが害になるとしたら、すぐさまに掌をかえしてしまうような。
 逆に彼女は女だったのさ。感情的になった以上、彼女は彼を手放さないためになんだってするようなね。
 はじまりは違っていたが、彼と彼女の終わりはいつも二人の立場が逆転してしまう。愛が二人を結びつけ、惹きつくように。
「あなたを愛しているのよ」
 彼女は泣きついたが、彼は震えあがった。
「愛なんて」
「……私を愛していないのね。あの人と同じ」
 彼女は昔の傷を思い出した。彼女がはじめに仔を生んだときのこと。裏切った憎い男。彼女が血が必要だというと、その男は逃げ出した。彼女は一人でこっそりと仔を生んだ。大勢の村人から血をかすめ取り、恐怖の伝説を作りあげて、仔を生んで疲れ果てた彼女はその恐怖と信仰深い村人たちの心理を利用して眠りについた。そのとき、彼女は本当は人の感情というものがいかに破滅的で、合理的でないか学んで知っていた。だから、本当は死んでしまってもいいと考えていたのかもしれない。
 恐怖した塊が押し寄せて、自分の記憶する同胞たちが憐れで無残で殺されていったように。愛していと泣きながら杭を、刺す誰かの存在を。
 しかし、彼女は妊娠した。
 だから死ねないし、食事する必要があった。
作品名: 作家名:旋律