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そうして、わたしはあの店に辿り着いたのです。

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 生温い風が、ふわりとスカートを揺らした午前0時過ぎ。
 ああ、今日という日が終わってしまった。週に一度の、至福の日。ちらちらと足元に絡みつくワンピースを、指先の露出したミュールで掻き分けながらカツカツと歩く。グリーンから家までの距離は、徒歩15分といったところ。
 グリーンに初めて入ったのはは一年ぐらい前、今日みたいにちゃんと本格的なお洒落をした夜のこと。本格的、だなんて、今思うと当時の格好は、あまりに滑稽で笑っちゃうんだけど。化粧はしてたけど上手くは無かったし、髪の毛だってあまり弄っていなかった。
 自分がどれだけ着飾ったところで、あまり可愛くなれていないことはわかっていた。だから、照明のあまり多く無い裏道を歩いて、ビルの隙間から見える表通りの喧騒を眺めるのが、唯一の楽しみだった。いいえ、楽しみといえるほど楽しい気持ちばかりではなかった。キラキラとした東京の街を妬ましいとさえ思ったこともある。わたしも、あそこを堂々と歩きたい。歩けない。そんな想いを抱きながら、それでもわたしの足はいつも通り、裏道をゆっくりと歩いていた。現実はただ出歩いて、バーやホテル街を歩いて、帰るだけ。時折視線がこちらに向くのがほんの少しだけ嬉しくて、それを味わうためだけの、真夜中の散歩。それが週に一度の、わたしの“楽しみ”だった。
 その日はちょうど下ろしたてのパンプスを履いていたのだけど、履きなれないその靴はすぐに脚が痛くなって、血が出てきた。
 公園でハンカチで血を拭っているときに、目の前に立ったのが――“グリーン”を経営する社長、上前さんだった。

「血が出てるな…来いよ、手当てしてやる」
渋っていたら腕をとられて、必死で抵抗してもわたしの細腕で叶うような相手じゃなくて、わたしは実際は入ったことの無いバーに初めて足を踏み入れることとなった。奥のソファにわたしを座らせて、バーテンダーに薬箱を取ってくるように命令して、上前さんはすぐに私の足に絆創膏を貼った。バーテンダーが「社長、私が」と言うのも聞かずに、自分で。
 社長?この人、ここのオーナーなの?私は驚きで声が出なくて、目を幾度か瞬いた。ら、上前さんはこう言った。「深夜に一人で出歩くのは感心しないな、お嬢ちゃん」って。その言葉に、何だか一気にホッとしちゃって、私はやっと言葉が出てきた。

「……おじさん、ここのオーナーなの?」
「ああ」
「若いのによくやるね」
笑ってそう言うと、上前さんはにやりと笑って「だろ」と、全く嫌味にならない肯定をしてきた。

「なあ、お嬢ちゃんよ」
「秋緒。お嬢ちゃんはやめて、もうそんな年じゃないし」
言ってて、自分で少し笑えた。上前さんはそうだな、と笑うと秋緒ちゃん、と続けた。

 わたしの身体が男であることに、気付いてないはずは無い。けれど、確実にわたしをオトコでもオンナでもなくわたしとして扱ってくれる上前さんとあの店に惹かれて、わたしはあの店に通うようになった。少しずつ表通りも歩くようになって、今日に至る。ちなみに上前さんは、おじさんと呼べるほど年上じゃないと知ってビックリしたんだけど。まあ、初めて見たときから若いとは思ってたけどね。
 そういえば今日はあの人が来てたな、えーと、誰だっけ。エー…なんとかって人。たまに上前さんと2人で飲んでるのを見かけていたけれど、ちゃんと顔を見るのも、話すのも今日が初めて。上前さんの言うとおり口は悪くて失礼だけど、なかなか、いい男だったな。最後までわたしを物珍しそうに見ていた、ってことは、初対面で男だと思われる段階はクリアしたのかな。だとしたら、――無性に嬉しい。
 彼は上前さんに可愛がられているようだったし、きっとまた会うのだろう。“グリーン”で。名前はその時また、訊けばいいわ。
 わたしは心なしか浮き足立って、帰路までの道のりをほんの少し駆け足で歩んだのだった。