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城塞都市/翅都 40days40nights

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introduction




 目を開ければ、ぞろぞろと背筋を這い登っていくような闇だった。
 此処に押し込められてから、一体どれほどの時間が経ったのか。息苦しい闇の中で、声を呼吸ごと押し殺してじっとしている少女には、全然解らない。
「声を出してはいけない」と誰かが言ったのは覚えている。「動いちゃいけない」と言ったのも。誰にいわれたのかは思い出せない。ついさっきの出来事のはずなのに、もう遠い昔の事のようだ。そう言って自分をここに押し込んだ誰かは何処に行ったのだろう。そして、自分はいつまでここに居れば良いんだろう。少なくとも、自分がここに押し込められてから、大の人間であればそろそろ窒息でもしかねないほどの時間になる筈だ。少女は目を閉じた。小柄な体格のおかげで、じっとしていればさほど無理な体勢をとらずに済むのが幸いだった。
 訳もわからずに悲鳴を何度も何度も押し殺した所為で、酷く喉が渇いていたけれど、ここに水などなかった。ゆっくり喉を上下させると、塩辛い液体が喉の奥に滑り落ちて行く。
涙だ、と。
咄嗟にそう思った、その時のことだ。

「ここか?」
「うん、ここだね。十番街、貧民窟の二四五号室。……いや、でもすごいな。何この鍵の数」
「いち、にぃ……全部で六つか。ここまで来ると、用心深いを通り越して異常だな。しかも全部ご丁寧にちゃんとかかってやがるし。オマケに血の匂いと来た。おい、アキ。お前のバカの見せ所だぜ」
「バカって、それさぁ。けなしてるように聞こえるんだけど気の所為?」
「あー、気の所為だ気の所為。さっさとやれよクズ。時間が勿体無ェ」
「ほら、やっぱりけなしてるー」

 それまでほぼ無音だった空間へ、不意に騒がしい音が混じった。
 暗闇で少女は目を開く。今まで塞がれていたものが急に封切られたように、音が耳へとなだれ込んできた。
 それは足音だった。誰かの声だった。声だけを数えるなら、若い男が一人。だが足音は二人分だった。全く同じ声が全く違う喋り方で話をしながら、こちらへと向かってくる。
 雑談が扉の前で止まった。不満を訴えた声に乱暴な言葉が重なって、不満な声は乱暴な指示にそれ以上逆らわなかった。
「ほい、開けたよ……って、あーぁー……」
 空き缶を踏み潰す時の様な非音楽的な音を立てて、何かが壊れた。ドアが破られた音だろう。誰かの間延びした嘆息に、暗闇で少女はびくりと肩を揺らして、身を堅くした。
 声を出してはいけない。
 動いてもいけない。
 そう言ったのは、ああ、そうだ、兄さんだった。思い出して、少女は自分の手の甲を口許に当て、ぎゅっと強く目を閉じて、喉の奥から湧いて出てこようとするものを押し殺す。
「隊長、死体はっけーん、とか報告した方が良い?」
「見りゃ解る。しかしなんつーザマだ、ミハイル……こりゃ幾らなんでも酷すぎるぞ」
「遺伝子コードは……あー、一致だ。ミハイルに間違いないね。で、どうする?」
「どうするもこうするも……っか〜〜!参ったねぇこりゃ。ジョシュアに叱られっちまう」
 声の主たちは、部屋の中に入ると、来た時とは裏腹にあまり足音をたてることはなかった。
 乱暴な声がぼやくようにそう言って、おっとりした声がそれに返す。
 頭上へどんどん近づきながら交わされる会話に、少女はますます身を堅くする。
「でもこの状態だと、俺らが店を出た頃にはもう死んでたよ。どうせ間に合わなかったと思うけどなぁ」
「そういう問題なのかよ……とりあえず、アキはジョシュアに連絡入れろ。俺ぁ適当に家捜しすらァ。『鍵』って言うぐらいだから、なんか物なんだろうし」
「ウィールコ……あ、そうそう。家捜しするならさぁ。台所の床下収納からはじめるといいんじゃないかな」
「あ?なんだよ。なんかあるのか?」
 そうして。
 かすかな足音がすぐ頭上で止まる。響いた言葉に、少女は再び闇の中で目を見開いた。
「その敷物の下。一メートル四方の空間に熱生体反応。百パーセントの人間だね。女かな?良い匂いするし」
「おッ前……そう言うことは死体発見より先に言うんだよ、普通!!」
 会話に慌ててみても、床下収納庫は狭かった。逃げる空間などなかった。そもそも逃げるために兄は自分をここに押し込んだはずで、だから、ここが見つけられてしまったら、それは、つまり。

「……やぁ、初めまして、お嬢ちゃん?こんなところでかくれんぼなんて、なかなか良い趣味してるねぇ」

 ガコン、と床下収納庫の蓋が上げられた。誰かの持っているハンドライトの光が、怯えに見開かれた少女の白茶色の髪と、深い緑色の目を焼く。
 眩しいのと、見つけられて恐ろしいのとで涙が出た。それでも、声は上げなかった。
 怯えながら濡れた目で光を見上げる。ライトを持っていたのは、真っ黒な髪をした男だった。黒い服の上に黒いコートをはおり、顔の下半分をすっぽりと覆うタイプの黒いマスクをつけているので、表情はよく見えない。少女が不安に喉を上下させて呼吸を飲み込めば、男は暗闇の中でも良く解る、深く澄んだ黒い瞳で少女を見つめ返す。
 腕が伸ばされる。身をよじった少女を、それでも腕は闇の吹き溜まりから軽々と拾い上げた。
 そうして極度の緊張に意識を失う直前。一瞬見つめ合った後で、先に目を細めて笑ったのは男の方だった。

 言葉遣いも、そうだったけれど。
 意地悪な笑い方だと、少女は思った。