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狐に嫁入り 序文

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父と狐との約束がもとで、私はその狐に嫁いだ。
器量が良いわけでもなく針仕事が得意というわけでもないのに、性格がきつめの私は行き遅れで、父は狐の提案に一も二もなく肯いた。確かに十七の私が片付かなければ妹たちも困るだろうが…。
母と妹たちに罵り貶され、やっとことの重大さに気がついたらしい父は嫁ぐ約束の日前夜、とうとう私に頭を下げ「無茶なことを言ってすまなかった。嫌なら断って良い。私はどうなってもかまわないから」等と言う。しかし、すでに結納も済んでおり、十分な支度金まで用意してもらい、その時父の付けていた帯も頂いたものだった。それで断るというのならば、父は図々しすぎるし、私は結納までしておいて破談にした女という評判を背負う。狐は執念深いと聞いていて断るのが怖いというのも大いにあるが、このまま誰でもいいと、ヒヒ爺に嫁ぐのも憚れる。そうして私は「そのような事を申さないでくださいまし。母様のためにも息災でいらしてください。どうか妹たちをよろしくお願いいたします。長い間お世話になりました」と、精一杯しおらしく床に手を着いた。
迎えも宴もごくごく普通の形だったが、新郎のみが違った。衣装のせいで視界が悪いが、参席者もみな一様に羽織袴を着ているただのひとに見えたのに、私の横に落ち着いたのはあかがね色の大きな狐だった。狼が隣に座っているのかと思うほどの緊張感があり、まともな婚姻ではないのだなと初めて自覚したときだった。後に、妹に聞けば参席者はみな美男美女で、婿以外はひとの形だったという。

 嫁いて二年。いいかげん夫には慣れたものだが、子牛ほどの大きさもある夫がぐるぐると私のまわりを周るさまはかなり鬱陶しい。
屋敷にはひとの姿をしたものと狐とが入り混じって暮らしているが、夫がひとの形をしているのは見たことがない。何を生業にしているのか、寝るか食べるか遊ぶかの姿しかわからない。いたりいなかったりする夫がここ十日ほど私について回るのは、私の腹が気になるのだろう。三ヶ月で急速に膨らんだ腹は出産間近だ。先ほど破水し、話に聞いていたよりはずっと痛みがないが陣痛を繰り返している。女中たちはいま必死に湯の準備をしている。順調すぎて間に合わなかったのだ。あ、ぬるりとしたものが何か、出た。「ああ、出た」夫はそうつぶやいて着物の間から股座に頭を入れた。ふとももにヒゲが触れ、むずがゆい。顔をあげた夫の口には真っ赤なかたまりがくわえられている。ねずみ程度の大きさしかない。
これが、子か。
嘆息はしたが、気持ちが悪いとは思わなかった。
まだ湯は来ないので夫が子をなめている。大きさが全く違うせいで喰われてしまうようにも見える。息をつめるとまたひとつ産まれた。まだ腹は大きい。上がった息を整えようとしながら、夫のほうを見る。夫はまた脚の間に顔を突っ込んでいる。「…やめて、くすぐったい」と押し返しながらなんとか言い切ると、ベロリとそこをなめられる。「おい、ひとの頭がでてくるぞ。これは痛いだろうな」楽しげな口調でそう告げると、夫は女中と入れ替わりで出て行ってしまった。ひとの姿のは私のほうへ、狐のままのは産まれた子に乳をやろうとしていた。夫の予告の通り、それは前二匹とちがい、痛かった。しかも難産で、私は一昼夜叫び通しだった。
その間夫ほか屋敷の男連中はめでたいと宴だったらしい。憎い。
私は狐を二匹、おそらくひとだと思うものを一人産んだ。
作品名:狐に嫁入り 序文 作家名:山崎左右