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Antithetical Each Answer

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#004:実践相対性理論


 カレンダーを見たり、時計を気にしたりさえしなくなって、もう何日になるだろう。転がり込んだ部屋の主がつけていってそのままのテレビを、ぼんやり見つめながら考えてみたけれど、どうでもよくなってやめた。
 どうせ、もうそんな事に意味はないのだし。捨ててきたあの人間達も、気にしないで生きているだろう。あたしはその存在さえはじめからなかったモノのようにされて、自分自身にさえ見捨てられて、ああ、こんなところで。無口で面白くない、勉強だけが取り柄みたいな奴の部屋で、何をしているんだろう。
 
「…アンタこんなとこで何してんの」
 そうだ、それは、珍しく雪が降って、電車が止まって途方に暮れて、取りあえず歩いてみたけど、途中で疲れて地面に座り込んだあたしに向かって、奴が放った言葉だった。
「見てわかんない?座ってんの」
 あたしは寒さで縮こまりながらぼうっとした頭で、何でこんなところに引っ越す前に住んでた団地の隣人がいるのかとか考えていた。
「何でこんなとこに座ってんの、って聞いたつもりだったんだけど」
 奴は相変わらずの無表情で、淡々とした口調で質問を重ねた。
「…電車、止まってるから歩いていこうかと思って。でも疲れた」
「アンタは疲れたらそこがどこでもそうやって座り込むのか」
「そういうわけじゃないけど…」
 でも実際あたしは確かに、構わず住宅地の往来に座り込んでいて、それに気付いたから返す言葉は尻すぼみになった。
 奴は盛大に溜息をついて、あたしの腕を掴み、軽々と持ち上げた。あたしはわけがわからないまま、だけど抵抗する気にはなれずに、あっさりと奴の間借りしている小綺麗な下宿に連れて行かれた。
「今何時だかわかってんの。こんな時間にそんな無防備にして、どこに行くつもり?」
 声に抑揚はなかったけど、怒ってるのは何となくわかった。そんな理由、どこにもないのに。
「別に、どこってわけじゃなくて…泊まれればどこでもよかったんだけど」
「は?何それ。ちゃんと日本語言ったら」
 あたしは日本語しか喋ってないんだけど。むしろ英語とか全然わかんないんだけど。でも何を言いたいかはわかったから、渋々答えた。
「あたし今家出中だから」
 本当はこれ、言いたくなかった。みんな必ずわけ知り顔で説教してくるから。「早く帰りなよ」なんてねえ、どうしてそんな綺麗事言えるの。あたしは一体どこへ帰ればいいの。
 「家」と呼べる場所はもうどこにもないのに。
 
「じゃあここにいたら」
 だから奴のそんな言葉にはビックリして、本当に、何事かと思って、思わず奴の顔をマジマジと見つめてみたけど、なんだか余計にわからなくなった。
 免疫がないと目がチカチカするほど、奴の顔はひどく整っていて、それが逆に奴を人間離れしたものに感じさせて、あたしはあまり奴の顔が好きじゃなかった。
「いいの?」
「別にいいよ。この部屋一人じゃ広すぎるし、二段ベッドだし、管理人なんか一度も見たことないからその辺も気にする必要ないし。アンタが嫌じゃないなら」
「けど迷惑じゃない?言っとくけどあたしプーだよ?御礼とか何もできないよ」
「金の心配ならしなくていい。御礼とかも別に要らない」
「ええー、けどなんかそれじゃ、あたしの気がおさまらないっていうか…」
「じゃあ出世払いにしたら」
「ん、ん~。…そうする」

 うちの父親は所謂転勤族で、住所が度々変わった。それで学生時代は転校ばかりしていたから、親しい友達なんかできなかった。
 前の団地だってせいぜい五ヶ月しかいなかったし、超進学校の万年トップだったらしい奴と、バカ高のあたしとじゃ接点なんてまるでなかったのに、奴はあたしを覚えていて、あたしも奴を何となく記憶していて、一緒に暮らすことに何の疑問も湧かなかった。
 
「あたしこんなことしてていいのかなぁ…」
 全ての事がただ流れるように過ぎていく。あたしは毎日朝とも言えないような時間に起き出して、何をするともなく、大抵はテレビや雑誌なんかを見て過ごして、奴が用意してくれるご飯を食べて、眠くなったら眠りにつく。
 意味もなければ規則もなく、ただ呼吸しているだけみたいに。うるさくそれを咎める人はいない。一日中ダラダラしているあたしに、奴は口を出さない。自分の生活と人生を規則正しく目的に真っ直ぐに淡々と生きている。
 奴を見ているとあたしなんか生きてるっていうのかな、って思う。
「アンタみたいなのをニートっていうんじゃない」
 奴が指摘するように、どうもそうらしい。
「やりたいこととかないの」
 難しそうな本をどっさり机に並べて何やらカリカリ書きながら、奴はそのペースを崩さずに聞いてくる。
「別に何をしたいわけでもないよ」
 のんびり穏やかに暮らせたらそれでいいよ。そう付け加えたら奴は、唐突に手を止めて言った。
「じゃあ結婚でもする?」

 とんでもないことを真顔でいうから、あたしもあまり驚かないで、それもありかもしれないなんて、ごく自然に納得していた。
作品名:Antithetical Each Answer 作家名:9.