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死に損いの咲かせた花は

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「望みがあるなら果たしてはどうかと言うておるだけだ。たとえどんな犠牲を払おうとも、な」
「そんなにも天下が欲しいんですか?」
 口をついて出た声は上擦っていて、それを自覚して左門は口をつぐむ。
 憎くないはずはなく、恨んでいないわけもない。ただ左門は、そういう基準で動いているのではないのだ。
 左門の様子に気付いているだろうに、振り返ろうともせず、信長は変わらず城下を見下ろしていた。
「天下など、一度手にしてしまえばそれだけのものよ。死に際に無様を晒せば天下人の栄光など……」
 涼しい風が吹き、丘の草木が揺れる。
 信長は不意に言葉を切ったが、一呼吸の後、溜息をこぼすように笑った。
「無理矢理抑えつけた望みは必ず歪を作る。歪は更なる混乱を呼ぶ。ならば、そもそも望みを押し潰すことやめることだ」
「だからって、誰もあなたのようには振舞えない」
「振舞えばいい」
 あんまりな物言いに、思わず手をあげそうになる。しかし堪えると、左門は握った拳に力を入れ、顔を背けた。
 信長はどうやら、天下がほしいのではないらしい。だったらこの男は一体、何のために戦をするのだろう。何のために人を殺すのだろう。
――この男は、一体何がほしいのだろう。
「せんせーい! おおとのー!!」
 ぐるぐると回りだした意識の中に、遠くから力丸の声が差し込まれ、左門は我に返った。
 やっと声の届くところまで追いついたらしい力丸だが、まだ豆程度の大きさだ。おそらくこちらの様子には気付いていないだろう。
「どこですかー? 見てくださーい! こんなに大きな蝉が取れましたーっ!」
 何やってんだあの子は。
「もぉ二人とも速いんだからー! 置いていっちゃうなんて酷いですよー!?」
「こっちだ力丸! 遊んでないで早く来なさい!!」
「あ、そこでしたか先生! やっと見つけましたー!」
 本当に蝉を捕まえていたらしく、遠目に力丸の手から何か飛んでいくのが分かった。暢気というか、暢気を通り越して不謹慎というか。いつでも自分らしさを貫くという部分では、大物の素質があるのかもしれないが。
 近づいてくる力丸を眺めながら、左門はふと、信長はどうなのだろうと思う。左門には理解できないような何かが信長にあって、信長のするすべてがそれに沿った行動だというのなら、信長は何を望んでいるのだろう。一体何のために信長は戦うのだろうか。
「そんなに気になるか?」
 かけられた声に振り返る。相手を見ると、左門を見返す信長は笑っていた。
「……何が、ですか?」
「儂の望みだ」
 一瞬にして、全身が粟立つ。
どこか無邪気だった信長の表情は一転して、見るものを圧倒する獣のような笑みに変わった。
「せいぜい、探せ」
 また、風が吹く。
 頬を撫でたそれはひどく涼しくて、その冷たさに左門は鳥肌が立ったような錯覚を覚えた。
作品名:死に損いの咲かせた花は 作家名:葵悠希