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彼女は、

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(9 years old)

小梅はとろい。
体育の50メートル走はもちろんビリだし、先生にわたされたノートをみんなに配るときも、数人で配っていても必ず最後の一人になり小さい体で教室中をあちこちに駆けまわって(しかし、その足は言うまでもなく遅い)配っていたし、好き嫌いが激しいわけでもないのに給食はいつもごちそうさまをした後も一人でもぐもぐと必死に食べているし。
3年生になって火曜日の授業が5時間目まで入るようになった。火曜日の小梅はとてもあわれでかわいそうだ。みんなが昼休みに校庭や体育館で遊びまわっているときに、小梅は教室でひとり食べきれなかった給食をもくもくと平らげているんだ。掃除のために机は後ろに下げなくちゃいけなくて、前の方では男子がプロレスやら鬼ごっこやらでどたばたと騒がしい中、小梅はひたすら口を動かし給食をたべていた。ひとりで。もくもくと。
「50回」
「え?」
「おまえ、ひとくちに50回は噛んでるぞ」
「数えてたの?」
「おまえがあんまりにも食べ終わるのが遅いから、気になって」
「よく噛んでから食べなさいって、おばあちゃんが言ってたから」
小梅はわらってそう答えた。


(14 years old)

小梅はゆるい。
中学に上がっても小梅は相変わらずで、やっぱり足は遅いし、配布物を配るのがへたくそだし、ご飯を食べるのも遅い。さすがに昼休み前までには食べ終えられるようになっていたけど、それでもいつも昼休み開始ギリギリまで食べ物を口に運ぶ手は止まなかった。
小梅は持ち前のとろさから、血気盛んな中学生の格好の餌となっていた。
「廣瀬さん、これお願いね」
「うん、小倉先生のところに持っていけばいいんだよね?」
「そうそう、ほんとありがと、よろしくねー」
女子生徒は軽い口調で小梅にノートを半ば無理矢理押しつけ、友達と思わしきけばけばしい別の女子と教室を出て行った。確かあいつは今日日直のはずだ。そして小梅が渡されたのは日直日誌。
「なんでお前がそれ持ってんの?」
「今日用事があるから日直変わって欲しいんだって」
「ああ、そう」
何でもないことのように笑う彼女を見たら、もうなにも言う気になれなかった。


(17 years old)

小梅はよわい。
相変わらず小梅は体育の成績が悪く、プリントの配布もへたくそだったが、それを手伝ってくれる友達ができた。
同時に食べ始めた筈の弁当も、当然のことながら小梅の方が食べ終わるのが遅く、けれど最後まで隣で小梅が食べ終わるまで付き合ってくれる友達ができた。
例の如く、小梅は一部の女子から格好の餌にされていて、一人でいると何かしらのちょっかいをかけられていたが、小梅が変な奴らにからかわれていると、それを庇ってくれる友達ができた。
「お前ら、何やってんだよ」
「うわ、またでた」
「んだよ、人を化けモンみたいに言いやがって」
「私らはただ廣瀬と話してるだけなのにさー、なんで毎回あんたが首突っ込んでくるの?」
「ただ話してるだけってんなら、その手放せよ」
「はー、まじうざっ。もう行こ」
そいつの登場に女子たちは蜘蛛の子を散らすように小梅の前から消えていった。そいつ、小梅の友達は、小梅の周りに散らばったノートを拾い始める。小梅も慌ててしゃがみ込んで必死にかき集めるが、要領の悪い小梅はやはりとろく、そいつが全部拾いきったときに、小梅はそいつの半分も拾いきれていなかった。
「ごめんね」
「何で謝るの?廣瀬さんは何も悪いことしてないだろ」
「でもなんか、申し訳なくって」
「廣瀬さんが気にすることないよ、俺が勝手にやってることだから」
「あの、」
「ん?」

「いつもありがとう、長谷川くん」

長谷川俊雄。俺の数少ない友人で、且つ、小梅の唯一無二の友達の名前だ。


(20 years old)

成人式後の飲み会は、近辺の中学校出身者を一か所に集めた盛大な宴会だった。俺はもう実家を出ていたので、地元の奴らと会うのはとても久しぶりだった。もちろん、小梅とも。
「高橋さー、今なにやってんの?」
「フツーに大学生だけど」
「何系?」
「パソコン系」
「あー、おまえ昔から機械触るの好きだったもんな」
「ゲーム制作の勉強もやってるよ」
「マジで?!なんかかっこいなそれ!」
過去に絡みがあったやつも、そうでもないやつとも、酒を酌み交わせば今までの付き合いなんか関係ない。名前を覚えていようが忘れていようが、それすらも些細な事象でしかない、問題にも満たない。それが酒の席というものだと、俺は最近学びはじめた頃だった。
反対のテーブルに、女子数人と固まって何やら話しこんでいる小梅の姿があった。話を適当に切り上げ、自分のジョッキを持ってそちらのテーブルに向かう。
「何の話?俺も混ぜて」
「え、高橋くん!?わーすっかりイケメンになってんじゃん!」
何処から出してんだか、ただでさえ騒がしい場なのに多数の黄色い声が重なって部屋中に響き渡るが、俺はその一切をスルーして小梅の隣に腰掛けた。
「久しぶり」
「ほんと。カズくん、まともに喋るのは中学のとき以来?」
「え、何小梅と二宮くんってそんな仲だったっけ?」
「幼馴染なんだよ、家がとなり」
「へー知らなかったぁ。二人って別にあんま一緒にいなかったよね?」
「さあ、一緒にいたとしても、小梅がとろとろしてたから視界に入らなかったんじゃない?」
「あはっ、何それひどーい!」
酷いのは誰だ?過去の一切をリセットして、何食わぬ顔で小梅の隣に居座るお前等の方じゃないか。俺はお前の顔を覚えている。日直、掃除当番、委員会、一体いくつの雑務を小梅に押し付けていたか、お前は数えたことがあるのか
「知ってる?今小梅って今彼氏と同棲してるんだってー」
「しかも超イケメン!写真見せて貰いなって!」
「ほら小梅、携帯貸して」
小梅の手からではなく、何故かそいつの手から渡された携帯には、肩を寄せ合い穏やかに微笑んでいる小梅と、潤くんが映っていた。
「知ってるよ、この子俺の友達」
「マジ、ちょ、紹介してよ!」
「バカ、小梅の彼氏だっつーの!」
「あはっ、すみませーん調子乗りました―。じゃあさ、二宮くんとその子と小梅と、誰か友達誘ってさ、今度皆でご飯行こうよ」
「ああ、それいい!ね、彼氏くんに頼んでみてよ、かっこいい友達連れてきてって。ね、二宮くんもさぁ」

「ははっ、ぜってえ行かねえ」

けらけらと笑いながら俺が答えると、そいつらはぽかんと口を開けて酷く阿呆な表情のまま固まっていた。俺は小梅の手を引いて、人垣を分けながら別のフロアへと向かった。
フロアひとつ隔てただけで、周りに一気に知り合いがいなくなり、見知った顔は小梅だけになった。ぱっと掴んでいた手を放すと、途端に小梅の体ががくっと沈む。俺は慌てて小梅の手を取りなおし、座り込みそうになる小梅の体を支えた。
「ちょ、何、どしたの?」
「か、カズくん、歩くのはやい、よぉ・・・」
作品名:彼女は、 作家名:ばる