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彗クロ 2

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2-1



 コーラル城に据えられた地下施設は、二重の意味での暗部と言える。ひとつは、文字通りの暗がり。またひとつは、大キムラスカ王国の連綿たる歴史における、最大の禁忌にして恥部の意として。
 反逆者たちの隠し砦のひとつとして打ち捨てられていたこの施設を、当時の状態のまま保存することを上申したのは他でもないジェイドだった。施設それ自体の有用性や歴史的史料価値もさることながら、何より過去の教訓を含めることに最大の意図があった。……今や歴史の上には存在自体がなかったものとして『処理』されたひとりのレプリカへの感傷は一片も介在していないのかと問われれば、否定はできない。ここは、彼が創り出された――彼が生まれた、真の意味での生まれ故郷なのだから。
「何かわかりそうか?」
 思索にふける脳髄の扉を横合いからの問いかけにノックされ、ジェイドは目線を流して傍らの薄闇を見た。接近する人の気配には、五感が察知するよりも早く手元の計器が反応していた。洞内の空気が鋭敏になっている。
「空気中の音素活動が異常です。特に第七音素の濃度が極めて希薄でありながら、反して残留分子が極度に過活動の状態にあります。数値から見て、この場所を中心に、超振動ないしそれに類似する現象が発現したのは間違いないでしょう」
「アッシュの言ったとおりか……」
「ファブレ卿は、どうされました」
 訂正を促す意味も込めてそう切り返すと、淡い蛍光に浮かび上がる青年は、人好きのする笑顔に苦いものを潜めて肩をすくめた。改善する気はない、という意味だろう。
「旦那の地獄耳に聞こえてなかったんなら、シェリダンの技術もたいしたもんだ。あいつなら日付が回る前に帰ったよ。今頃はザオ砂漠の上空だろう。ギンジも気の毒に」
「世界最高の交通機関を辻馬車代わりに、ですか。今時分、海上航行すら庶民には安からぬ出費だというのに、国民が聞けばさぞ怒るでしょうね」
「まあ、馬鹿は馬鹿だが。事は王家の一大事だ、この程度の公私混同は大目に見ようって、陛下やナタリアも送り出したんだろうさ」
「王家の一大事が免罪符になり得ますか? ランバルディア王室の私的な探し人は、国家にとっては必ずしも不可欠な人間ではないというのに」
 鋭い視線が頬を射た。ジェイドは正面の機材に視線を置いたまま、ガイを見返ることはしなかった。
「事実です。英雄はすでに在る。一年前、彼はそう選択したはずです」
「ああ……そうだな」
「民衆にしてみれば、同じ顔をした英雄など二人も必要ない。かといって、今さら死に物狂いでレプリカを探し出したところで、二度とオリジナルの身代わりにはなってくれないでしょう。英雄を辞める理由をレプリカに求めるのは愚の骨頂です」
「……そういうことでもないんじゃないか? あいつも、三年前とは違うだろう。アッシュはアッシュで思うところがあるからこそ、あれだけ必死なんだと思うけどな」
「そう信じたいと思っていましたよ。昨日、彼があれほど軽率な行動をとるまでは」
 横っ面を突き刺す視線が緩み、外される。やるせないため息がひとつ。そしてそのままジェイドと同じものを見上げたのが、気配でわかった。
 太古の地殻変動と長久に渡る潮の干潮とが造り上げた天然洞は、その特殊な構造から、程よく外部から遮断され、空気中の音素活動を最小限に留める特性を備えている。これに目をつけた稀代の大悪党ヴァンデスデルカは巧妙に手を回し、大掛かりなフォミクリー設備を秘密裏に運び入れ、野望の足がかりにした。あの男の、無私を着飾ったエゴより産み落とされたレプリカは、最初期の実験施設であるここからだけでも完成体が二桁に上るという。完成に至らなかった個体はその何倍か、推量するのも忌々しい。
 当時実際に使用された培養槽はさすがに撤去してあるが、フォミクリーの要である調整装置は、使用機能を制限し厳重なプロテクトをかけた上で、今なお稼動状態を維持している。緊急時、近圏のレプリカの、主に身体的なトラブルに対処するための措置だが、これに最も渋い顔をしたのが誰あろうルーク・フォン・ファブレ当人だった。幼少、ヴァンデスデルカに匂引(かどわ)かされた彼は、まさに今ジェイドとガイが見上げるこの装置によってレプリカ情報を抜き取られ、己の複製品にその後の人生をとって代わられたのだ。そして、すべての人間の運命は少しずつ狂っていった。
 彼にとっては因縁の地。それをわざわざ真偽を明らかにする場に指定してきたのだから、ずいぶんとなりふり構わず勝負に出たものだとは思っていた。このうえ一気呵成に愚昧極まる暴挙に及ぶほどまでに切羽詰まっていた……というところまで見抜けなかったのは、ジェイドの落ち度だ。
「……完全同位体、か。間違いないんだろう?」
「彼の探し人と同一人物である証明にはなりませんよ。少なくともあの調子では、『レグル・フレッツェン』本人は強硬に否定するでしょう」
「だが、完全同位体だろう? そんなに何人も生み出せるものじゃないはずだ」
「確かに、確率は天文学的数字です。しかし当時色々と小細工を働いていた洟垂れもいたようですし、全く在り得ないとも言い切れません。……それに」
 一呼吸ぶん言葉を区切り、ジェイドは横目でガイを盗み見た。奇妙に落ち着き払った青年が疑問符を返してくるのと同時に、あっさりと視線を戻す。……ガイに自覚はあるまいが、これもまた判断材料のひとつだ。確信を積み重ねつつ、ジェイドはあえて別方向へと話題を逃がす。
「完全同位体と言っても、正確な検査を実施したわけではありません。目の前の現象から真相を推察することも必要ですが、物証のない状況での予断は禁物です」
「……アッシュの言い分じゃないが、それならなおのこと本格的に追跡したほうがいいんじゃないか? 子供の足と言っても、辻馬車でも拾ってたら今頃は国境だろう」
「陸路、海路の双方、考え得るすべての軍機関および交通の要所には、すでに陛下の名を借りて触れを発してあります。年の頃十三、赤金の髪、緑の目、性格は勝ち気、同年代の子供と行動を共にしている可能性あり――上記項目に該当しそうな少年を発見した場合、極力接触は避け、ただちに本国に一報を入れるべし、と」
「下手な刺激は昨日の二の舞か……だが、それじゃいつまで経っても手が出せないぞ」
「その点についてはすでに手を打ってあります」
 その時、折り良く洞内に迷い込んできた白い影は、天井付近をぐるりと旋回すると、滑り込むようにジェイドの手元に舞い降りた。白燕を模した紙鳥のパペットは、悪名高い死霊使いの譜力を感知するや否や、ふわりと、簡素だがあつらえの良い一枚の便箋に変じた。この、まるで場の空気を読んだかのようなタイミングの良さは、ひとえに差出人の人柄に由来する。
 ジェイドは紙面にざっと目を走らせると、こともなくガイに手渡した。ガイは軍用の暗号文に苦戦しつつも、あらかたを読み下すと感心半分苦笑半分に声を上げた。
「なるほど、適材適所か。相変わらず抜かりがないな」
作品名:彗クロ 2 作家名:朝脱走犯