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さんすくみ?

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『さんすくみ?』



1.

「兄ちゃんなんか大嫌いだ!!」

 その声とともに、リビングのドアが勢いよく閉められる。
 思い切り拒絶されたようなその大きな音と、それと共に投げつけられた言葉に俺の隣にいた男、田沢円(たざわまどか)は腕を伸ばした状態で固まっていた。

 自分の身に何が起きたかわからない。そんな状態で弟の永(はるか)が消えたドアに向かって、手を伸ばした状態で固まっているのだ。
 しかたがないなぁと俺はふうと溜め息を吐いてから、その固まったままの円の肩に手を置いて、その肩を軽く叩いた。
だが、叩いても円はまったく反応することなく、いまだにドアのほうを見つめている。
 まぁそうだろうな、と俺は心の中で呟いてから、もう一度溜め息を吐いた。
 円にとって永は、本当に可愛い弟で。
 両親がおらず、2人だけで生活をしていたから、余計に永が可愛くてしかたがないらしい。
 円と永と出会った頃も、円は永を本気で可愛がっていたが、その当時は2人の両親も健在で、家族仲のいい理想の家庭だと思っていた。
だが、俺たちがようやく大学を卒業した頃に、円と永の両親は不慮の交通事故で他界してしまった。
 2人で出かけているときに、飲酒運転の車が突っ込んできたらしい。
 いきなり2人を同時に失い、途方に暮れそうになったらしいのだが、円は就職先が無事に決まっていたので、そのまま親類に頼らずに生活すると決めたらしい。
だが、問題は円ではなく、10才離れている弟の永だった。
 就職したばかりの円の収入では、永まで養うことはできないだろうと当時、まだ小学生だった永を預かると言い出した親戚もいたそうなのだが、円はそれを拒み、自分で大事に永を育てると親類全員に宣言したと後々、円本人が言っていた。
 住んでいた家が、すでにローンの支払いが無事に済んでいる持ち家だったことと、両親の残してくれた保険金があったため、それだけでも大変助かったと、ぼそっと呟いたのも聞いたことがある。
 まぁそんな状態で2人で暮らしていたから、円の永への溺愛っぷりは半端なものではなく、昔から知っている俺でさえ、たまに溜め息を吐きたくなるくらいだったりする。
 その溺愛している永から大嫌いなんて言われたら、真っ白になっても仕方がないんだろうけど。

 まったくしょうがねぇなぁ……。

 俺は何度目かわからない溜め息をまた吐いてから、もう一度円の肩を叩いた。

「いい加減復活しろよ、円」

 そう言いながらその顔をじっと見つめると、円がゆっくりと俺のほうを向いた。
 その顔は情けないほどに歪んでいて……。
 大学のときや今現在、円のことをかっこいいと言っている女性陣が見たらどう思うんだろうかと思うくらい、その顔は情けなかった。
 そう、今はすごい情けない顔をしているが、こいつの顔はかなり整っている。
 切れ長の目と通った鼻筋。染めているわけではないのに、栗色に近い色をした髪の毛。 純日本人というより、天然の王子という感じの容姿なのだ、こいつは。
 なんで、俺と二人で歩いているときは、こいつを見ている女性の視線を感じないことがないくらいだった。
 そんな容姿をしており、中学生から大学まで腐れ縁と言われるほどずっと一緒にいたために、俺はこいつがどれだけもてていたのかも知っているし、異性に限らず同性にも、その気さくな性格で人気があることも知っていた。
それが…。
 弟が絡むとこうも情けない兄ちゃんになるなんて、他の誰が想像するだろうか。
 ……こいつ、外面だけはいいから、知っているのは俺と弟の永ぐらいだろうな……。

「……復活なんて出来るか……永が……永が、
 可愛い弟に大嫌いと言われた、俺のこの悲しみがわかるか!?」

 整った顔を崩した本当に情けない顔で、円が俺の胸倉をぐっと掴んでくる。

「や、わかるかと言われても、永に嫌いと言われたことがないからわからねェし」

 だが俺は胸倉を掴まれたまま冷静にそう答えたのだが、その言葉を聞いて、円の表情が変わった。
さっきまでの情けない、途方に暮れた表情に怒りが混じってくる。

 あ、やばい。俺は言葉のチョイスに失敗したか?

 そう思ったが、時はすでに遅かったようで。

「原因のお前にだけは言われたくない!!」

 俺の胸倉を掴んでいる力が強まった。
 ぐっと掴んで、そのまま顔を上に向けられると、息が詰まって苦しくなる。

 地雷踏んだかもなぁ……。

 俺の顔を睨みつけたままの円の顔を見ながら、俺は首が絞まっているにもかかわらず、のんきにそんなことを考えていた。
 円が弟の永を溺愛しているとさっきも言ったのだが、その溺愛っぷりは半端ではなかったりする。
 昔の話ならばよくあったよな。自分の娘が男と付き合うとわかったときの父親が、『娘と付き合うのならば、まず俺を倒してから行け。』ってやつ。
 ……あれを円は地でやる。
 漫画でしかそんなことを言うやつはいないと、普通の人間は思うだろう。
 円は、その漫画でしか見たことのないことをマジでやらかすのだ。
しかも、こいつは綺麗な見た目を裏切って、空手の段持ちで、……確か3段か4段だったように思う……とりあえず凶器といえる物を持っているのだ。
 それが、『永と付き合うなら、俺を倒してから行け!』を本気でやるのだ。
 段を持っているこいつに敵う人間なんて、そうそういるわけがない。だから、普通の人間ならマジでそこで諦める。だが、諦めずに見事に永と付き合うことになった奴がいて、 だからこそ、円の機嫌がここ最近ずっと悪かったのだ。
 いや、違うな。
 大事な永が付き合っている相手が女性だったり、円の知らない野郎だったりするならば、ここまで円の機嫌も悪くなかっただろう。
だが、その相手が本当によく知っているやつだからこそ、本気で機嫌が悪いのだ。
……その永と付き合っている奴と言うのが、この俺だもんなぁ……。
 そりゃあ日々、機嫌も悪くなるのも仕方ないんだろうか……。


 永のことを初めて知ったのはまだ永が小学校に上がる前のときだったが、そのときはまだ親友の弟という存在だった。
 親友の円が大事にしている、可愛い弟。
そんな存在で。
だけど、その存在が気になるようになったのは、永が中学生のときだった。
 いや、違う。
 最初に気になったのは、永の目だった。
 どんどんと永が俺を見る視線が変わってきたのだ。
 最初は自分の兄の友達で、自分のことを構ってくれるお兄さん的存在としての見ている目だった。
だが、その目が憧れの対象を見るものになり、気がつくと恋をしている目に変わっていた。
 最初は多少、戸惑った。
 だってそうだろう。
 弟のような存在だった者からそんな目を向けられたら、誰だって戸惑う。
 だが同時に、幼い子供が憧れの存在に抱く一過性の恋心だろうと思っていたから、その目に気がついたときは、そのまま気がつかない振りをしていた。
 気がつかない振りをして、今まで通りに永に接していた。
 気がついていない振りをすれば、きっといつかその熱は冷める。
 そして、もっとちゃんとした恋に目覚める。
 そう思っていたのだ。
作品名:さんすくみ? 作家名:小島泉