小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

こんにちはさようなら

INDEX|1ページ/1ページ|

 



一人一人、大切な人に。ていねいな時間を。
静かに襖を開けていつきと藤倉が入ってきた。
「忍、藤倉くんが来てんで、」
見りゃ分かるだろうという言葉は飲み込む。藤倉はいつもと変わらぬどこか飄々とした感じだった。明日からは、そんな藤倉とつるんで遊ぶこともない。
「忍、身体には気ぃつけてな。暮れには帰ってくんのやろ?これ、お守り。さっき買うてきたんよ」
そっと握らされたお守りは、無病息災。もっと、こう・・・。また言葉を飲み込む。この少し的はずれな感じも、明日からは遠く。
「東京ねぇ、」
藤倉は少し厚めの唇を、弓のように引き上げた。
「いいとこやで」










「学者さんになんの?」
「いや、官僚になろうと」
「せやな、せやせや。学者さんなら京都へ行ったらええんやしな。しかしお前とこは兄弟揃って賢いなあ!」
屈託なく兄のことを語る彼に救われていたのは事実だ。異国で消息不明になった、一番上の兄。すがたかたちこそ似ていないが、内面的なものは一番近かった気がする。
もう、遠い記憶なのだけれど。

「したら、お前文系行くんか?」
「はい。本当は・・・、本当は、やっぱ医者になりたかってんけど、オカンが泣きよるんです。鷹啓兄さんが医者になったばかりにあんなになったって信じてるから。でも、俺やっぱあの人のために医者になりたかった」
話していたら、たくさんのことを思い出して涙がぽろりとこぼれた。長谷川さんは、笑ってぽんぽんと頭をたたいてくれた。

「お国のために一生懸命働いてたら、結果としてあいつのためになんで」

確証なんて何処にもない言葉なのに、長谷川さんが云うといつも本当のことのように感じられる。


「これ、餞別」

お金がつつんであった。

「いただけません!」
「気にせんと。俺はもう働いてんのやし」
出世払いやと笑うすがたに救われた。

「はよあいつんとこ行ってやり」
背中を押され歩きだす。











小さな背中だった。細い首筋に手を伸ばしかけ、やめる。
「忍ちゃんも行ってまうんやね」
小さく笑った。寂しい目をしている。悲しいかな、その目をさせているのは自分ではない。
「しっかり、立派なお役人になるんやで。兄貴みたいになったらあかんで」
「あやめさん、」
「ん、」
「やっぱ、兄貴やないとあかん?」
窓の外を見る、その睫を美しいと思うのは、何回目だろう。
俺は何回だってその横顔に恋をする。
「せやねえ、そんなん考えたこともなかったわ」
「あの、俺、本当は医者になりたかったんです。あなたのために、あなたを救うために、医者になりたかった」
「阿呆。こんな死にかけのために人生棒に振ったらあかんよ。あんたが選んだ道がいっちゃん正しいのよ」
「ちゃいます。違うんです。俺、今までずっとあなたのために生きて来ました。あなたが望むから、頑張って兄貴と同じ学校にも入りました。ホンマ阿呆なんですけど、あなたのために生きない自分なんて自分やない気がするんです。ずっと、あなたのことが好きやったから」
「ホンマ。・・・阿呆やねえ」
あやめさんは泣きながら笑った。それから俺の両頬に手を伸ばした。ひんやりとした感触が、俺の頬を包む。
「したら、あたしのために立派なお役人になりなさい。ほいで、健康で優しいお嫁さんもらって、かわいい子どもいっぱい作りなさい」
「あやめさん・・・」
さっき堪えたはずの涙が溢れてきた。

「優しさのつもりなんやろけど、残酷すぎるわ」

二人して泣いた。あやめさんの泣き顔を見たのは、二回目だった。その優しさで、やっぱり好きやなあと痛感した。









あやめさんの家から戻ると軒先に藤倉がいた。
「何してんのお前、」
泣いたのがばれたら嫌だなと思いながら、少しぶっきらぼうに尋ねた。

「あんな、お願いがあんねん」
「何やの改まって」
「これをな、渡して欲しいねんか」
そう云いながら握らされたのは小振りの真珠がついた首飾りだった。
「何なんこれ?てか誰に渡すねん」
「忍がな、こいつやと思った奴に渡して。もしかしたら会わへんかもしれん。一年、そう思う奴に会わへんかったら忍にそれやるわ」
「何なんそれホンマに」

ふふと笑って藤倉は云った。


「勝負してんねん俺ら、運命と」

後ろ手を振りながら去っていく藤倉が、酷く大人に見えた。




明日、俺は東京にいく。

たくさんの別れの先に、果たして何があるのか。






作品名:こんにちはさようなら 作家名:おねずみ