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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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雪のチルル

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 ろくさんは奥さんのお墓の前で、一日中お酒を飲んでいるので、町の人たちから『ろくでなしのろくさん』と悪口を言われています。
 そのろくさんが、奥さんのお墓の隣にもう一つ、かわいがっていた小さな犬のお墓を作ったのは、秋も終わりのことでした。
 初雪が降った日、二つのお墓はすっぽり雪に埋もれました。
 ろくさんは奥さんのお墓の雪を払いました。けれど、犬のお墓は、まるで雪だるまのようになっているので、小さな石で目をつけてやり、声をかけました。
「チルル……。わしのかわりに、家内をたのむよ」
 そうして、いつものようにお酒をちびちび飲み始めました。
「あんまり飲むと、身体に毒だよ」
 突然、声がしました。ろくさんはびっくりしてあたりをみまわしましたが、だれの姿も見えません。
 ろくさんは気のせいだと思って、二杯目をぐいっと飲みほしました。するとまた、
「酔っぱらって寝たら、死んじゃうよ」
 ろくさんは、今度はいい返しました。
「ほっといてくれ。わしの勝手だ」
「どうして?」
「うるさい! おまえはだれだ」
 ろくさんは空中にむかって怒鳴りました。
「チルルだよ」
 ろくさんはぎょっとしました。しゃべっているのは足もとの小さな雪だるまなのです。
「うそをつけ。雪だるまのくせに」
「だって、呼んだじゃない。おいらのこと」
「わしは犬の名前をよんだんだ。その墓の」
「ええ? おいら、犬とおんなじ名前なの? やんなっちゃうなあ」
 そういいながら、雪だるまのチルルは話を続けました。
「おいらは雪の精で、冬じゅう旅をしているんだ。だから時々だれかが作った雪だるまの姿を借りて休ませてもらうんだよ。そのお礼に願いごとを一つ、かなえてあげることが決まりでね。ほんとうは子ども限定なんだけど。とりあえず、なんかない?」
「じゃあ、とっとと消えてくれ」
 ろくさんはうっとうしそうに言いました。
「そういうわけにはいかないよ。願いごとをきかなきゃ、おいら、雪だるまの中から出られなくなっちゃうんだから」
 ろくさんは「ふん」と言ったきり、夕方までお酒を飲み続けました。

 がらんとしたさびしい家は、八年前、外国航路の船長の仕事を終えたろくさんが、奥さんのために建てたものです。
作品名:雪のチルル 作家名:せき あゆみ