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文殊(もんじゅ)
文殊(もんじゅ)
novelistID. 635
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赤い花

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それまで、赤い花なんて数えきれないほど見てきた。
 だけど、それはバラでもないし、ガーベラでもないし、椿でもない。鮮やかな赤い花びらをつけながら、でも派手すぎるわけじゃなくって、凛としてる。花屋で仕事をする俺が名前も知らない花って、と思った。
 結構、気になる。
 あの花、もしかして店長が新しく仕入れたものなんだろうか。だとしたって、あんなところに一本だけあるなんて、どういうことなんだ。もしかして、なんか新種を見つけたとかなのか。そうだとしたら、放置しとくなんてマネをあの店長がするとは思えない。
「あの……すいませーん」
「あ、あぁ。はい!」
 気になって気になって仕方がなくって、その花をぼんやり見てたらお客さんが訝しげな顔でこっちを見てた。すいません、と謝りながら花束の注文を聞いてる間も、俺の意識は赤い花にいってる。
 男が花屋なんて、と嘆く両親を放ってここで働き始めて数年経つ。それなりに勉強だってしてきたし、店長がいない時も店を開けてられるのは、俺のおかげだって言われたこともある。だけど、知らない花があるなんてショックというか、だからこそ気になるというか。
『そもそも、昨日はあんな花なかったよな』
 その花が入ってるところには、普段ならアンスリュームの赤いのが入ってる筈だ。なんでそれがないかって聞かれたら、最近のどしゃ降りに店長が外に出るのを嫌がったせいでもある。俺が引きずってでも卸売のとこに連れて行きゃ良かったんだが、そんなことした日には連続一人で店番なんて可能性もある。
「……やっぱアレねぇと、ちょっと華やかさが欠けるよな」
 花のように見えるあの鮮やかな赤やピンクは、正直客からも喜ばれる。名前は知らなかったとしても、一度や二度は見たことがあるはずだ。あれが一本、二本あるだけで華やかさがぐっとあがるんだから、花屋としても重宝するべき存在なんだが。
 そんな花屋を支えるアンスリュームがどっさり入ってたカゴからは、謎の赤い花が顔をのぞかせてる。
『とりあえず、レジ裏に入れとくか』
 一本だけあるわけのわからない花を、客に売るわけにはいかない。という建前をつけながら、実際は俺があの花を気になるから売りたくないのである。

 とりあえず、手始めに写真を撮ってみた。
 わからないものは、とりあえず色んな方面から調べるしかない。恥ずかしさなんてそんなものは放っておいて、パソコンをいじりながら『これ知ってる人います?』と聞いてみた。
 他の花屋で働いてると思しき何人かからは、すぐ返事がきた。雨の日の花屋ってのは、やっぱりどこもかしこも暇らしい。
『ごめん、見たことないな……垣花さんが仕入れたの?』
『ずいぶん綺麗な発色ねー。でも、私が知る限りだと当てはまるものがないみたい。ごめんね植草くん』
『植草さん、垣花店長今うちにいるけど。もしかして一人で店番?』

 三人中二人は知らない、という返答。一人は、俺のところの店長がふらふらほっつき歩いてることの報告。三人にそれぞれ返信をして、奥から図鑑を引っ張りだしてみる。でも、俺より長く花屋で働いてる人たちが知らない、なんてのを図鑑が知ってるとは思えない。案の定小学生が見るような図鑑から人を殴ったら気絶しそうな厚さのものまで見たが、よくわからなかった。
「お前なんて名前なんだよ……」
 このまんまだと、枯れちまうぞ。そう呟きながら赤い花を見つめてみる。もちろん、返事はない。あったらたまったもんじゃない。
 だけどもコイツを生きながらえさせるためには、温度とか湿度とかから気にしてやらないとダメなわけで。一切の情報がない状況で適当にやってしまうなんて、俺のプライドとか花屋としてどうなんだ、と思う気持ちとかが存分に邪魔してくれる。名前さえわかれば、後はそれなりにやってやる自信がある、なんてたって俺は花屋の店員だ。小さいころから花をいじるのが好きで、男のくせに、なんて言われて育ってきた俺はそんじょそこらの花好きより花が好きだ。店長はそんな俺に「そんなんだから、アンタ一人にしても平気なのよねー」と笑っていた。
 ちなみに、店長も男だ。
 もう一人本当は店員の桜岡さんって人がいるけれども、現在産休中。ときどき生まれたばっかの娘さんと様子を見に来てくれて、そのたんびに「あれ、店長は?」となってる。
「店長戻ってきたらわかるか……?」
 そんなふらふらしてる印象ばっかりついてる店長だが、正直あの人は俺みたいなレベルでわかる、わからないのやりとりはしない。アレンジのセンスだって周囲の店の一番うまい、なんて言われてる奴らは足元にも及んでない。俺がこうして一人で店番できるようになったのも、そもそも店長のスパルタと俺が店長を追い越したいと思う気持ちが重なったからだ。
「なぁー、でもなー……。お前さ、どっから来たわけ?」
 店長に間違いなくされるだろう質問を花に投げかけるも、花は黙ったままだ。困ったな、と息をはく俺の耳に客が入ってきた音が聞こえて俺は「いらっしゃいませ」と声をかけて立ち上がった。

「で、アンタが言ってた花はどこよ」
「……どこ、ですかね」
 腰に手を当てて眉根を寄せる店長と視線を合わせられず、俺は乾いた笑いをこぼす。
「人が戻ってきた途端あんだけ言いたい放題して、まさか無くなりました、じゃないわよねぇ」
「すいません、さっきのお客さん見送った後からちょっと目を離してたら……」
 そうである。
 俺は店長が戻ってきたその時からあの赤い花に関して暑苦しい、と言われかねないほど語った後で「見てくださ……あれ?」となったのである。
 恥ずかしいを通り越して、笑いしか出てこない。あの赤い花が消えてる、という事実は俺を焦らせたし、同時にひどく落ち込ませた。落胆の色を隠さない俺を見ながら、店長はしかたないわね、と言わんばかりに胸のあたりを拳で小突いた。その拳には、五千円札が握られてる。
「え、店長……」
「今から近所の花屋、行けるだけ行きなさい」
 あったらそれ買い叩いてくんのよ、とウィンクひとつ加えて。正直ウィンクはひとつも嬉しくない。だが、言葉と五千円札は非常に俺にとって頼もしい味方になった。
「あざ、じゃなくって……ありがとうございます!」
 ついクセで言いそうになる店長が良い顔をしない言葉を飲み込んで、頭を下げる。

 走って駆け込んだ店はもう10件以上。店の中を見渡して、店員と少し喋って、また走り出す。これ、相当体力がないとキツい、と息を切らしながら店のリストを見る。
「松雪草、ない。バラの踊り、ない……ワルツフルール、ない」
 めぼしい花屋は大体見終わってしまった、というかこんなに近くに花屋があるとは。そう心の中で少しばかり驚きながら、俺は走るのをやめてゆっくり歩くことにした。急に止まると危ない、なんて中学校の頃の体育教師の言葉を今でも信用して、走った後は少しでも歩くようにしてる。
 ゆっくり深呼吸する。吸い込んだその空気中に、俺は花の香りを見つけた。野性的、と言いたければ言えば良い。
 俺はあの花というか、あれが赤くなくたってきっとこれだけ走ったに違いない。
 隠しもしない、俺は花が大好きだ!
「……すいません!」
作品名:赤い花 作家名:文殊(もんじゅ)