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02




 月に群雲、花に風。
 そんな古典的表現があったと、昔それを自分に教えてくれた人の面影を思い出しながら、園原杏里は闇夜の向こうを遠巻きに眺めた。ひがな一日明るい都会に生まれる、ひがな一日暗い場所。猫のようにそんな場所を知っている人の群れ。高架下の、治安が悪くて子供も遊ばないようなちっぽけな公園の片隅で見つけた風景には、人っ子ひとりの姿もなかった。
 鳴りを潜めたように沈んでいた愛の音叉が戻ってくる。
 錆びれたフェンスを軽々と飛び越えた折原臨也の背中はもう見えない。
 明るい月夜が雲に陰って外灯の影が色濃く伸びる。
 「今日はもう止めとけ、お前も怪我してんじゃねえか」
 罪歌の眸で振り返った彼女の視線の先に、池袋で最も恐れられるバーテン服の男が立っていた。
 その肩に担がれている友人の元へ駆け寄って、穏やかな息を感じて、杏里はほっと胸を撫で下ろす。
 「……よかった」
 「セルティ呼んでくっからちょっと待ってな」
 月を隠し、花を散らしてしまった手が握る罪歌は、彼女の中へと呑まれて消える。平和島静雄を前にして水を得た魚のように罪歌の愛の声は強くなり膨らんでいこうとするがそこまでだった。帝人を杏里に預け、携帯で話中の人物に連絡を取りながら電車の騒音から距離をとっていく背中を彼女は見送る。そして頭上で鳴り響く轟音に消えてしまうことを知りながら、杏里は腕の中に支える大切な人へ、そっと、ごめんなさいと言葉を落とした。
 群雲、そして、風にしかなれなかったことを静かに憂いた。


 ※本来は赤林さんと杏里の小噺
 ※月に群雲、花に風


作品名:thanks log 作家名:toro@ハチ